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オスカーだけでも滅することは出来る。
だがこの悪魔を滅するのは彼女がすべきなのだと、本能で理解した。
悪魔を滅した短剣を持ち、乱れた髪の少女の横顔は、驚くほどに美しかった。
一目で恋に落ちる。
こんな事は自分に限って絶対に無いと思っていた。
気がつけばオスカーはすぐさまジュリアを抱え上げ、それを見たフェルナンドはしっかり意図をくみ取った。
後でフェルディナントに茶化されるだろうが、この機を逃せば彼女に会えなくなるかも知れない。
それだけ彼女しか見えていなかった。
「ブラックウッド伯爵令嬢」
「私こそ名前で呼んで頂ければ」
「では、ジュリア」
推しが自分の名を呼んだということに、頬が緩みそうなのを必死に耐える。
耳まで真っ赤になって俯いたジュリアに、オスカーは伸ばしかけた手を止めて自分の片膝に置いた。
「あの婚約者が悪魔だと、君は以前から気づいていたんだな」
こくりとジュリアが頷く。
「それで何度も滅しようとした」
またジュリアが遠慮気味に小さく頷いた。
「指輪と短剣にはかなり高度な白魔法をかけていたように見えた。
こういう事態を予期していたのか?」
「私が婚約破棄されることは以前からわかっていたのです。
ですのでその時のためにいくつか対応策を練っておりました。
まさかこのような外交の場で行うとは思いませんでしたが・・・・・・」
ジュリアはずっとオスカーが目の前で跪いていることに耐えられない。
立場的にも推しという点でも。
なので立ち上がってからすぐに座り、頭を下げようとした。
その行為にオスカーが驚いて、床に座ろうとしたジュリアの両脇に手を入れると、簡単に抱え上げて再度ソファーに座らせた。
一瞬のたかいたかいに、ジュリアも固まりなすがままだ。
「令嬢がそういう事をするものではない」
「ですがわざわざリネーリアまで来て頂いたというのに、このような無礼を働いたのです。
一国民として謝罪致します。本当に申し訳ございません」
「貴女が謝ることじゃない。むしろこの国を守った功労者だろう。
フェルディナントなどは、俺の行為で国王に大きな貸しが出来たと喜んでいると思うが」
オスカーが王子の名前を呼び捨てにしていることに驚く。
そういえば身内として気を許しているときや場所によってはそう呼ぶことをジュリアは思い出し、推しのプライベートをのぞき見た感じがして嬉しい。
オスカーは立ち上がると、向かい側のソファーに座って背もたれに体重を預ける。
先ほどのように女性を床に座らせそうになった為だが、座るとジュリアとの距離が出来たことがなんだか寂しく感じる。
「ジュリア、君は悪魔を滅した後、どうするつもりだったんだ?
あの王子が正気に戻って、もう一度婚約してくれるのを待つつもりなのか?」
ジュリアは首を横にふった。
「悪魔を滅した後は、修道院に形だけ入ることになっていました」
「王子に元に戻って欲しくてしたのでは無いのか?」
「いいえ」
「王子に未練は無いのか?」
「全く」
強く言い切ったジュリアに、オスカーは口元に手を当てる。
自分の口角が知らぬうちに軽く上がってしまったのに気づき、隠すためだった。
ジュリアが王太子妃という立場に興味が無く、まともに王子としての職務をせず悪魔へうつつを抜かしていたことを嫌だと思っていたのならオスカーとしては助かる。