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駄目だ、とても間に合わない。
このままでは目的が達せなくなってしまう。
それでも諦めず走ろうとしたジュリアの横を、いや、その上を誰かが飛んでいった。
黒く美しい獣だ。だがそれは一人の男だった。
軍服に黒髪の男は一足飛びで国王の前に飛び降りると、すぐさま振り向いて飛びかかってきている黒い煙に剣を振り下ろした。
煙がかたまって身体のようになると、先ほど見た黒い悪魔がその場に倒れ込む。
「お嬢さん!」
「はい!」
男の声に、追いついたジュリアが短剣を起き上がろうとする悪魔の頭に勢いよく振り下ろした。
「滅せよ!」
悪魔の女と目が合った。
ニヤリと何故か笑った悪魔は、真っ白な光に飲み込まれて、消えた。
はぁっと大きく息を吐き、ドレスを着ているのを忘れその場でへたり込んだジュリアに、大きな手が伸びてきた。
誰の手かと視線をあげれば、ふわりとジュリアの身体が浮いた。
あっという間にオスカーに抱きかかえられ、ジュリアのすぐ近くにオスカーの顔がある。
つややかな黒髪を一つに結び、深い緑の目に見つめられ、ジュリアは吸い込まれそうな気持ちになった。
服越しでもわかる厚い胸板、ジュリアを軽々と抱きかかえるオスカーの腕はたくましい。
(凄い。触れられる、体温がある。・・・・・・三次元だ。)
丸い目でただ自分を見ているジュリアに、オスカーは目を細めた。
「何事なのだ!説明せよ!」
豊かなひげを生やし、気難しい顔の国王はより眉間に皺を寄せて鋭い声を響かせる。
ジュリアが見ると、ハリソンはその場に座り込んだまま魂が抜けたようになっていた。
あれでは殿下から説明のしようが無い。
ここは自分がしなければならないかとジュリアは考え、オスカーに下ろしてもらうよう頼もうとした。
「悪魔が貴国の王子に襲いかかろうとしたのを、そこにいるご令嬢が身を挺して守ったのですよ」
笑顔を浮かべ前に出てきたのは、フェルディナントだった。
あれだけ見物客としていた貴族達は悪魔の出現で皆逃げてしまい、ホールの床には扇や靴、割れたグラスなどが散乱している。
反面これほどの騒ぎが起きたというのに少ない衛兵しか駆けつけていない状況に、フェルディナントは呆れながらもそれを微塵も出さずに微笑んだ。
「ですが国王が出てこられたことで、悪魔は次のターゲットを国王に切り替え襲いかかろうとした。
そこを私の騎士であるオスカー・フォン・クラウゼンが防ぎ、ブラックウッド伯爵令嬢がとどめを刺したのです。
かなりの清浄な気を持っている貴重な方な上に、悪魔に一人で立ち向かう勇敢な女性だ。
そんな女性に、ハリソン殿下が婚約破棄を告げたときは驚きましたよ。
オスカー、大切なご令嬢は怪我をされているようだ。控え室にお連れしなさい」
「かしこまりました」
丁重にね、とフェルディナントはいたずらっぽいウィンクをオスカーにする。
オスカーはそれを無視し、人形のように固まったジュリアを抱えて広間を後にした。