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「お前に渡していた婚約者の証しである指輪を返せ」
ジュリアは頭を下げたまま自分の左手薬指につけていた青い宝石の着いた指輪を外す。
これは一年以上前、ハリソンが正式に婚約者になって欲しいとジュリアに渡した品だ。
まだイザベルの存在は無く、ハリソンは青い石とともに甘い言葉でジュリアの指にはめた出来事など、遠い昔のことのようだ。
ジュリアは両手で指輪を差し出す。ハリソンはその指輪を奪うように取ると、自分の持っていたチーフでしっかりと拭いた。
「これを君に。
これで君は正式に私の婚約者だ」
そういってイザベルの左手を取ってその細い指に指輪をはめる。
サイズは同じだったのか、ぴったりと指輪がイザベルの指におさまった。
ハリソンの胸に輝くブローチと同じ宝石で作られた指輪は、広間の光を集めるように青の光を放っている。
「嬉しいです、殿下」
可愛らしく甘い声。
手を胸に当て目を潤ませながら見れば、ハリソンも愛おしげにイザベルを見つめ返す。
がくん、とジュリアが膝を折り、なんとかその場に倒れるのを堪えたように見えた。
悪魔と罵られ、うち捨てられた元婚約者の姿は、周囲からすれば面白くて仕方が無い。
「さぁ、この女をどうしようか。
聖女に聞くのは酷というものかな」
ずっと手を胸に当て俯いたイザベルの顔をのぞき込んだハリソンは、愛しい相手の顔を見て驚く。
イザベルは真っ青な顔で異様なほどの汗を流し、震えながら歯をかみしめていた。
「どうしたイザベル?!」
「なにを、した」
「イザベル?」
聞いたことの無い婚約者の低い声に、ハリソンは心配そうに肩に手をかけた。
「触れるな!」
ハリソンの手から逃れるように身をよじったイザベルは、唸りながらある女を睨んだ。
「触れられただけでも激痛が走るし、動けないでしょう?」
静かな声で言ったジュリアはドレスの裾を思い切りたくし上げ太ももに隠していた短剣を取ると、すぐさま数歩先のイザベルへ走り出した。
「やめろ!」
逃げたくても指輪から発動した魔術でイザベルの身体は既に全身動かすことが出来ない。
短剣を両手で持ったジュリアは、その勢いのままイザベルの腹へと突き刺した。
腹に短剣が突き刺さったままゆっくりと傾いていくイザベル。
聖女である婚約者に悪魔である元婚約者が恨んで相手の腹を刺したとしか見えない光景に、周囲にいた人々から叫び声が上がる。
一部には驚きのあまり倒れる女性もいた。
「イザベルに何をする!この悪魔が!」
ハリソンが激昂して剣を抜きジュリアに振りかざそうとした瞬間、隣にいるはずの可憐な少女は黒い煙をあげだした。
「殿下!お下がりを!」
ジュリアが叫んでもハリソンは剣を振り上げたまま目の前の状況が理解できない。
先ほどまで聖女だとハリソンが夢中になっていた少女は、一気に黒い煙が消え去った場所にはおらず、代わりにいたのは真っ黒なドレス、頭には悪魔の印である角が二本生えていた長い髪の娘だった。
「な、な」
「殿下!」
驚きのあまり動けないハリソンに襲いかかろうとした悪魔へ、ジュリアは予備の短剣を手に取ると悪魔めがけて振り下ろす。
横目で気づいた悪魔は黒い煙に変化し、その煙は突如ある方向へ向かいだした。
そこには退席していたはずの国王が、何事かと臣下を引き連れ戻ってきたところだった。
「お逃げ下さい!」
叫んだがジュリアの声は叫び逃げ惑う人々の声にかき消され、国王達に届いていない。