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「ジュリア!」
苛立ちを隠さない大きな声がしてジュリアの肩が小さく動いた。
向こうで貴族達と話していたハリソンがジュリアを呼びつけている。
どうせ面倒ごとを押しつけるつもりなのだろう。
「貴女とは実りある話が出来そうだ。また時間があれば是非」
「もったいないお言葉です。御前を失礼致します」
「私がいればオスカーも一緒に来ますから」
意味ありげな笑顔を向けられ、ジュリアは冷や汗を掻きそうになった。
まさか自分がオスカーに好意を持っていることをばれるはずはないと平静を装う。
ジュリアは片足を後ろに下げもう片足の膝を軽く曲げて礼をした。
オスカーが声をかけてくれないかと思ったがそれは一切無く、見てくれていないだろうかと顔を向けたいがそんなことは出来ないため諦めた。
ジュリアはハリソンの方へと足を進めるがその足は重い。
イザベルの思惑を止めなければ小説通り婚約は破棄され、人間のふりをした悪魔によってこの国は破滅へ向かう。
イザベルを亡き者にするためいくつもの罠や方法を今も用意してはいるが、まさかこんな外交の大切な場で何かが起きるはずは無いと信じたかったジュリアの願いは、簡単に踏みにじられた。
「皆、聞いて欲しい!」
突然ハミルトンが声を上げた。
騒がしかったホールは一瞬で静まり、皆そちらに視線を向けた。
そこには今貴族達の噂の的である王子を含めた三名が揃っていて、次に起きることは何なのかと好奇の目で見つめている。
「この場で、ジュリア・ブラックウッドと婚約を正式に破棄することを宣言する!」
ざわめく人々にハリソンは胸を張り、手を軽く上げて静まるようにジェスチャーをした。
そして横に身体を向けて手招きをすると、ブロンド色の軽くウェーブした長い髪、明るい青色のドレスに身を包んだ少女がおずおずとハリソンの手を取った。
「ジュリア・ブラックウッドは聖女などと呼ばれていたが、本当は悪魔だ!
真の聖女はこのイザベル・グレイである。
私は婚約者に聖女イザベルを迎えることをここに誓おう!
婚約者であるイザベルを何度も殺そうとした大罪、許すことなど出来ぬ!」
まるで勇ましい勇者のように高らかな宣言が響く。
ハリソンと少し距離を開け、向かい合うように立っていたジュリアは視線を下げた。
ジュリアの着ているドレスは深い青、イザベルのドレスも明るい青でふんだんなフリルがあしらわれていていかにも高価に見える。
青は王子の色とされ、婚約者ならその色を纏うのが当然となっていた。
青いスカートを小さく握りしめ、ジュリアは未だ俯きその細い方は小さく震えているようにも見えた。
「おやめ下さい、殿下。彼女が怯えております」
「あぁイザベル。
君はこの女に何度も殺されかけたというのに、そんな優しい言葉をかけてしまるのだな、聖女とはこんなにも慈悲深いものなのか。
私はこの場で悪魔を八つ裂きにしてしまいたい気持ちだよ」
遠慮がちにハリソンの腕の裾を軽くつまみイザベルが上目遣いで言うと、激怒していたハリソンの顔はわかりやすいほどに鼻を伸ばした。
周囲の目に気づいたハリソンは一つ咳払いをするとその顔を引き締め、少し距離を取って頭を下げたままの悪魔と言ったジュリアに侮蔑の表情を浮かべる。