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フェルディナントが飲み物に口をつけ、タイミングを見計らってジュリアは微笑む。
「今日は城下の視察をされたと聞きました。いかがでしたか?」
「宝石職人の仕事を視察してきたのですが、多くが後継者問題を抱えているようですね」
エルザスには鉱山が多く、質の良い宝石の原石が採れる。
だがエルザスでは宝石の原石よりも武器の素材となる鉱物の方が需要があり、宝石の原石は他国への輸出に重きを置いていてその最大の取り引き相手がリネーリアだ。
だが近年エルザスでも宝石の需要が高まり、原石を売ったリネーリアから再度商品を買うよりも自国の職人で作って売る方が安く人々は手にすることが出来る。
その為にリネーリアの職人にエルザスへ指導してもらうことは出来ないだろうかとフェルディナントは考えていたが、既に耳にしていた通りリネーリアでは問題があった。
それがフェルディナントが言った後継者問題だ。
「お恥ずかしながらリネーリアで宝石職人の地位は低く給金も低い為、若者のなり手が不足しています。
昔から素晴らしいものが身近にあるのが当然だったことが裏目に出ているのです。
その当然の物には歴史があって簡単にできたわけではないのに、消えるときは一瞬です。
後継者を育てるには時間がかかりますし、今の職人達が高齢ならなおのこと。
すぐに対策をと思っているのですが」
「ブラックウッド伯爵令嬢の聡明な進言は、あの状態では一切聞き入れてもらっていないのでしょうね」
形の良い顎に手を当てたフェルディナントはそう言うと微笑む。
ジュリアは自分がハリソンに進言したことなど何も言わなかったが、ここまで話してしまえば王家の対応に不満を漏らしてしまったと捉えられても仕方が無い。
ずっと進言しても聞き入れられず、この国の職人の価値をわかってくれたフェルディナントにジュリアはつい気を許してしまった。
王子の補佐をするはずが、自分で王子の格を下げてしまうとは情けない。
「ブラックウッド伯爵令嬢、そのように気落ちされないで下さい。
こういってはなんですが、貴方が婚約者であるなら今後の外交も安心できると思いました。
ね、オスカー?」
フェルディナントは急に後ろに控えているオスカーの方を振り向くこと無くボールを投げた。
オスカーは慣れているのか、フェルディナントもジュリアも見ること無く真っ直ぐ前を向いたまま、はい、と答えた。
それだけで、ジュリアは恥ずかしさに身もだえしそうだ。
小説でフェルディナントは王太子という立ち位置のまま、その上たぐいまれな魔術師として国を守っていた。
お茶目で頭の回転が速く自由人、その上イケメンということで当然フェルディナントのファンも多く、オスカーとフェルディナントに言い寄られたらどちらを選ぶかというアンケートが、幾度となくネット上で行われた。
オスカーが死んだのにフェルディナントまで死んだら生きていけないと前世のジュリアは思ったこともあるほど、フェルディナントはオスカーに次ぐ推し、いやエルザスの主要キャラは箱推しだったとジュリアは夢にまで見た二人を前に思い返していた。