11
「とにかくこの混乱を少しでもおさめなければならない。
ハミルトンの婚約者も選ぶ時間が欲しい。
フィンレー枢機卿は教会でも素晴らしい提案をして信頼を得ているそうでは無いか。
何か妙案は無いか?」
フィンレーはすました顔のまま、用意されていたティーカップに手をつけて喉を潤す。
もったいぶったような態度にホルスは苛立ちそうなのを押さえて言葉を待った。
「無いわけではございませんが」
「言ってみよ」
「少々賭けになるかと」
「もったいぶるな。
今のままではより悪くなるだけだ。策は多くあった方が良い」
「では」
フィンレーはホレスと何でも良いからすがりたいという顔のハミルトンの顔を見る。
「ジュリア様の功績に敬意を表するためリネーリアから招待し、国でジュリア様の祝典を行うのです」
「祝典?どのような内容でだ」
「陛下、今の噂ではジュリア様が聖女を殺めたことになっています。
殺めた理由は婚約を破棄されたことによる逆上、聖女と慕っていた民も、こういう噂は面白いらしく噂が噂を呼んでいる状態です」
「わかっている。
だから祝典をしろというのはジュリアの真実を広めろということだろう?」
「さすがは陛下。
聖女と呼ばれていたイザベルは悪魔であり、悪魔の力で皇太子は虜になるようにされていた、婚約破棄は本心ではなかったということも広めるのです。
そうすれば皇太子が公で行った非礼に少しは納得する人も居るでしょう」
ハミルトンは微妙なフォローに眉間に皺を寄せる。
「国の恩人、ジュリア様へ正式な聖女と認め陛下も教会も直々に礼を尽くすとエルザス王家へ伝えるのです」
「クラウゼン郷が断るのでは無いか?」
「陛下、だからこそ王家へ直接伝えるのです。
国同士となれば向こうも簡単に蹴ることはできないでしょう」
「・・・・・・婚約破棄は悪魔によるものですから無効ですよね、父上」
ハミルトンがホレスとフィンレーの会話に割り込んできた。
ハミルトンからすればジュリアの外見は好みであり、優秀さ鼻につくが利用できる。
いちいち他の女をあてがわれるよりも、ジュリアが戻ってくるならその方が良い。
何よりあの騎士に自分の女を奪われたあげくすぐさま婚約したのも、ハミルトンとしては面白くない。
奪い返したい。
実はジュリアの方がハミルトンに夢中だったので、向こうから婚約を再度して欲しいと言ってきたとすれば自分のプライドも少しは満足する。
身勝手さだけがハミルトンの心を占めていた。
我が儘なままで成長しない息子がろくでもないことを考えているであろう顔に気づき、ホレスはため息をついた。
ハミルトンは子供のようにむっとしたような顔をする。
「そんなお前だからこそジュリアという聡い娘を婚約者にしたというのに」
「ですからジュリアはまだ婚約者のままですよ。
彼女もきっと破棄されたことに傷ついたところをあの男につけこまれたのです。
戻ってきたらそのまま結婚の儀を進めてください」
「それは無理でしょう」
親子のかみ合わない会話に、フィンレーが入り込んだ。
二人が同時にフィンレーを見るが、その顔はおのおの違う。
「皇太子は悪魔とは知らなくともあの娘との結婚を望み、ジュリア様と婚約破棄しました」
「だからそれは悪魔にそそのかされたのだ」
「皇太子、ですからそうだとしても公然と破棄しジュリア様が傷ついた事実は変わりません」
「いや、ジュリアは私を愛しているはずだ。
だからこそ婚約を破棄されようが悪魔を倒し私を守ったのだから」
胸を張るハミルトンは自信に満ちあふれていた。
そうだ、悪魔とは言え偽聖女を公然の場で倒したのは自分を愛しているからだ。
そう考えた方が納得できる。
「ならば何故この国をすぐに離れ、クラウゼン郷と婚約されたのでしょう」
「上手く言いくるめられたのだろう、あの男に。
妻になるのなら、その辺の騎士よりも国王の座が約束されている私の方が良いはずだ」
「ジュリア様は聖女でいらっしゃる。
そのような立場よりも、もっと何か大切な理由があったのでしょう」
「理由とは何だ。聖女なのだからこの国を守ることではないのか」
ホルスの問いにフィンレーは意味ありげな笑みだけを浮かべた。
「皇太子の話はさておき、聖女イザベルをお迎えすることについてお話を進めるべきでは?」
「フィンレー枢機卿には他国に奪われた聖女を取り戻す算段がおありのようだな」
馬鹿にされたハミルトンが嫌みを隠さず言うと、フィンレーは密かに口の端をあげる。
「必ずこの国にジュリアが戻る方法をいい加減話してほしいものだ」
「・・・・・・陛下、ではこのようにお願いできますか」
フィンレーが提案を話すと、ホルスは椅子の背に身体を預け、ふむ、と顎に手を当てる。
「良いだろう。すぐに手配する」
「では私は仕事がありますのでこれにて」
ハミルトンが睨んでいるのをフィンレーは背中に感じながらも、ハミルトンを見ること無く礼をして部屋を出た。
廊下をフィンレーは歩きながら、一人微笑む。
「この国でお会いできるのが楽しみですよ、ジュリア」