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オスカーはジュリアの言葉に耳を傾けていたが、わかったことはジュリアは普通では無いと言うことだった。
そんなことが出来るのは聖女だから、そう思うと納得できる。
そうなるとジュリアが特別な存在だと裏付けてしまうだけで、オスカーとしては素直に喜ぶことが出来ない。
「オスカー様、私は余計な事をしてしまったでしょうか」
不安そうに上目遣いで見てくるジュリアに、オスカーの胸は締め付けられる。
こんなに可愛らしくて芯の強い女性。
どうしたって手放したくは無い。
「ジュリア、君の魔法はこの国ではあまりに貴重なものだ。
だからそれを他に知られれば、君は特別な存在として扱われてしまうだろう。
俺は君には普通の女性としてこの国で、いや俺の側に居て欲しい。
君がこの国で特別な存在となりたいのならその力になる。
そうなれば俺の側になどいられなくなるから、やめて欲しいのが本音だ」
向けられた視線がジュリアの目から少しずれる。
「その、やはり俺の婚約者は嫌だろうか」
最後は大型犬の耳が下がったようなオスカーを目の前に見て、ぐぅ、と前世の自分が胸元を押さえている。
その表情に気づかれないようジュリアは俯いた。
俯くジュリアに否定の意味を含んでいるのかと思っていると、ジュリアは顔を上げ首を横に振った。
「いいえ。あまりに光栄で。
私などがオスカー様のお側になど」
「俺は聖女が欲しいんじゃ無い。
ジュリアが欲しいんだ」
推しからこんなにも情熱的な言葉をもらえるなんて考えられただろうか。
ジュリアの顔はみるみる赤くなっていく。
しかしジュリアとしてはただ彼に甘えているだけの存在でいたくはない。
オスカーのために、聖女と呼ばれた悪魔を倒すほど想う相手だからこそ、これからも。
「私は、オスカー様の役に立ちますでしょうか」
「まだそんなことを気にするのか。
俺は君にそういうことを求めていない」
「オスカー様が私に自由を望んでくださるように、私が望むのはあなた様が少しでも長く健康で過ごされて好きなことを楽しんでくださることです」
「君は自分のことじゃなく、俺のことばかりだな」
「オスカー様こそ、まだ知り合って間もない私を婚約者にしてくださって守ってくださる。それこそ不思議です」
「俺は人を見る目には自信があるんだ。
恋とは縁遠いと思っていたのに、君と出会って君の強やと優しさに惹かれた。
だからこそ俺の手で、君を甘やかしたいと思っている」
未だ自信の無いジュリアが問いかけたものに、オスカーの手から大量の砂糖菓子で返されてしまった。
(オスカーって愛する人にはここまで溺愛してくれるのね、本ではわからなかった。
それが私に向けられるなんて未だに信じられない。
推しなんだもの、側にいられるのなら居たいに決まってる。
そして少しでも彼の人生を明るいものにしてあげたい)
推しが死んでしまうルートを回避出来たなら、次は推しの幸せを手伝いたい。
ジュリアも真っ直ぐに愛を伝えるオスカーの目を見たが、恥ずかしさと照れが混ざって視線をさまよわせてしまった。
そんな姿も可愛らしいと、オスカーの口元は自然と緩む。
「食事を遮ってすまなかった。そろそろメインにしようか。
アントンが扉の向こうで合図を待っているだろうしな」
「はい、聞き耳を立てない程度に待っておりました」
「思い切り聞いているだろ・・・・・・」
扉の向こうからすかさず返事が来てオスカーは呆れる。
そんな様子にジュリアは口元に手を当て笑った。
「ジュリア、俺の愛を受けてくれるだろうか」
不意打ちの言葉に、ジュリアは目を丸くした後、はい、と小さく答えた。
「時間をかけるつもりだったが近日中に国王に謁見出来るよう働きかける。
正式に結婚するには本来国王の許可が必要だが、俺としては今からジュリアを妻として扱いたいが良いだろうか」
「身に余る光栄です」
ジュリアに自分を知ってもらう時間を作っていては、王家から妨害が入り婚約を破棄されてしまう可能性が高い。
その前に手を打とうと、オスカーは微笑む妻を前に次に起こりうる事への対処を考えていた。