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ジュリアがオスカーの屋敷に来て数日が経った。
オスカーは元々ある自分の事務仕事に加え、リネーリアでの報告に会議と情報収集、平行してジュリアとの結婚について根回しをするため動き回っていた。
朝食だけはジュリアと一緒にするためにオスカーは時間を合わせた。
しかし睡眠をまともに取っていないのに疲れを見せず、一緒に食事をしたがるオスカーの身体がジュリアは心配だ。
無理せずこの時間で身体を休めて欲しいと言っても、オスカーは首を縦には振らない。
オスカーからすればジュリアを連れてきたのに一人にしたくは無かった。
ジュリアは屋敷に来てエルザスを学ぶこと、同時にこっそり自分で行っている魔法の勉強で暇を感じる無く過ぎ、二階の部屋で本を読んでいると夕方なのに廊下が騒がしい。
オスカーの帰宅は今日も遅くなると朝聞いていた。
何が起きたのかと廊下に出て玄関ホールへ降りる階段から下を覗く。
そこには黒のマント、軍服をまとったオスカーが使用人達へ次々と指示を出していた。
詳しい言葉は聞き取れないものの、表情から切迫しているのはわかる。
そもそもあの軍服は魔物討伐で着るもの。
ジュリアは小説で読んだ戦闘服の軍服姿を実際に見られて思わず見惚れた。
オスカーは隊長を示す、黒の生地に金色の刺繍の入った長いマントを羽織っている。
中の軍服は実用性重視でシンプルなデザインながらも、オスカーが着ればそれだけで品の良さが滲む。
通常の魔物討伐隊では対応できないからこそ、オスカーが隊を率いて討伐に出る。
隊のメンバーは家柄とともに実力を兼ね備えた精鋭少数で、尊敬とともに畏怖されているのは彼らがそれだけの戦果をもたらしているからだ。
全身黒の精鋭隊は、一般の魔族討伐隊とは別扱いで黒騎士隊と呼ばれていた。
ジュリアは急いで階段を降りだすと、気づいたオスカーが顔を上げる。
「オスカー様、魔物討伐に出られるのですか」
「あぁ。
討伐隊では太刀打ちできないモノが出てきて兵士への被害も増えていている。
流石に俺たちが出なければ民に被害が出るからな」
答えながらも自分ですぐ使用できるための薬などの忘れ物が無いか確認していた。
魔法は万能では無い。結局はこういうものが一番確かで役に立つ。
行ってくる、と言ったオスカーにジュリアは、
「オスカー様、少しだけお待ちください」
と答えを聞かず、身を翻し急いで部屋に戻った。
部屋の引き出しから小物入れを出す。
その中から一つを取り出しぎゅっと握るとそれを持ってオスカーの元へ戻る。
「どうかこちらをお守りとしてお持ちください」
オスカーの胸元にジュリアは持ってきたブローチをつけた。
それは羽のような台座の上に、横に楕円形の形をした宝石。
まるで水滴のようなその宝石は親指ほどの大きさで透明に見えるのに、角度によっては虹色に光っていた。
「こちらは非常に浄化の強い防御壁が作れる魔法を込めています。
その魔物の攻撃力がわかりませんので気休め程度かもしれませんが、もしかしたら何かお役に立てるかも知れません。
どうかご無事の帰還をお待ちしています」
真っ直ぐに見上げるジュリアの瞳に、オスカーは頬に手を伸ばしそうになった手を止める。
今から戦場に行くのに、ここで抱きしめたりなどしたら名残惜しくなってしまうのでオスカーは耐えた。
「ありがとう。行ってくる」
ドアが開けば、外には部下らしき二人が馬を繋いで待っていた。
オスカーは愛馬にまたがり、屋敷の入り口で自分だけを見ているジュリアに軽く視線を合わせると部下達を引き連れ屋敷を出た。
「先ほどいらしたのが噂の聖女ですか!」
馬を走らせながら併走してきたバルドリック・マッケンゼンが笑う。
21歳で隊一番の小柄なのだが、それに見合わぬ力の強さは隊一番だ。
一番年下でもあり明るい性格と笑顔を絶やさないキャラクターが、隊の雰囲気を明るくさせる。
「聖女じゃ無い、婚約者だ」
「彼女を僕たちだけ見たと知れば、他の者が拗ねるかもね」
反対側を併走しているのは、副隊長のデニス・シェーファー。
26歳でオスカー、フェルディナントとは幼なじみだが、フェルディナントと馬が合わないのは同族嫌悪だろうとオスカーは思っているが決して口にはしない。
楽しげに話しかけた意地の悪い幼なじみを無視して、魔族討伐隊の野営基地へと急いだ。