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夕食はジュリアが気を張らないように来客用に使うダイニングでは無く、オスカーが日頃使う小さな部屋ですることにした。
殺風景な部屋をいつもなら気にしない主も今回ばかりは使用人に心地良いようにしてくれと命じれば、なんということでしょう、アントンはじめ使用人達は腕の見せ所と言わんばかりに短時間でカーテンから小さな置物まで変えて、暖かで家庭的な雰囲気のダイニングへと変貌させた。
オスカーも部屋に入ってこんな部屋だったろうかと思ったが、部屋に広がる柔らかなオレンジ色の灯りがジュリアの髪色をより美しく見せていて思わず見とれた。
ジュリアは髪の毛を上にまとめているのだが、後れ毛が艶っぽい。
ドレスは先ほど着ていたのとは違う持参したシンプルなもので、胸元もあまりあいておらず一切装飾品をつけていない。
オスカーもシャツとパンツという室内用で、お互い楽な服装で食事をしようとオスカーの提案からでそうなっている。
二人でテーブルに向かい合い、ジュリアの食べられる量に合わせた食事をオスカーも取ることにした。
食事が始まったが静かな部屋にはカラトリーを使う音だけがする。
マナーのせいか一切しゃべらないジュリアに業を煮やし、オスカーが様子を見て話しかけた。
「来るときにも話したが、しばらくはこの屋敷内だけでいてもらわなければならない。
屋敷内なら何をしてもいいし、したいことはルイーザやアントンに言ってくれ、できる限り応じよう。
それと、数日後にはリネーリアに送った使者が戻ってくる予定だ。
今回はリネーリア城周辺の様子を見に行くだけでたいした情報は持ってこないだろう」
「私が起こしたことが民にどう伝わっているのか確認するのですね」
食事を止めテーブルから手を下ろすとジュリアは背を伸ばす。
すぐに確認しなければならないのはそこだろう。
オスカーが連れてきたリネーリアの女が聖女を刺した悪魔なのか、悪魔を滅した女なのか、それともそもそも無かったことにされているのか隣国エルザスが把握するのは当然だ。
ジュリアも王家や民の噂はどうなっているのかになっている。
「先に行っておくが、俺はどういう風にリネーリアで噂が立っていようとそれこそ王家が何を言おうが君と婚約を解消する気は無いし、君の気持ちが落ち着けばすぐにでも結婚したいと考えている」
わー、推しの告白イベントだ、と他人事のように受け止めてしまう。
自分に向けてだとわかっているのだが、ジュリアはまだ納得できない。
悪魔に剣を振り下ろす女に魅力などあるのだろうか、と。
「オスカー様、やはり私ではオスカー様の立場を危うくする可能性があります」
「それは、婚約解消をしたいという意味か?」
オスカーは静かに問いかけた。
目の前で視線を俯かせている相手は、ずっと足手まといかのように言う。
どうやったらこの思いが本当なのだと伝わるのだろうか。
言葉で言って伝わるほど、まだ自分を知ってもらえていないことはわかる。
ジュリアをかくまう時間は、オスカーにとってジュリアの気持ちをこちらに向かせる大切な時間でもあった。
しかし思う相手からことあるごとに断りの言葉を聞くのは、オスカーからするとことのほか辛いものがある。
「私のような者がオスカー様を断るなど恐れ多いことです」
「俺は望みは無いと言うことだろうか」
「いえ!そのような」
「努力するのは俺の方だな、当然だ。
食事しながらで良い。少し待っていてくれ」
オスカーは席を立ち、部屋を出て行った。
ジュリアはオスカーを怒らせてしまったと肩を落とす。
推しに求婚されて嬉しくないわけが無い。
だが、自分の手を汚してでも生きていて欲しいと願う、大切な相手なのだ。
オスカーがそれを知らなくてもジュリアは一向に構わない。
ただの自己満足であることは、一番自分が理解していた。
オスカーの相手になるよりオスカーがふさわしい令嬢と幸せになるのをつかず離れずで見られたらそれでいい。
三次元で手が届きそうになったとしても、ジュリアは自分などが推しと恋人になるなど考えられず、どちらかと言えば推しの家の壁になりたい派だ。
一時の気まぐれで婚約したとしても、結局は愛想を尽かされて推しに嫌われるなどということは絶対に味わいたくは無い。
そんなことになったら転生してここまでオスカーを支えに生きていた分、ジュリアにとってあまりに辛い。
「待たせた」
そんなに待たずにオスカーは戻ってきて、ジュリアの座る椅子の横に片膝をついた。
流れるような動きは、傅くことすら優雅だ。
「こういうのは重いと思ってやめていたんだが、君には渡した方が良いと考えた」
膝の上にあるジュリアの左手を取ると、オスカーは薬指に指輪をはめた。
金の指輪には真ん中が縦に楕円形になって紋章と何か絵柄が細かく掘られている。
ジュリアはどこかでこれを見たような気がした。
「これはクラウゼン家の女主人、ようは俺の妻がつけるものだ」
そういうとオスカーが左手を見せる。
同じようなデザインの金の指輪がはめられていてジュリアの指輪と向かい合わせにする。
二つはかみ合うようにピタリと合い、ジュリアはこれを小説で読んだことを思い出した。
ただ小説出てきたのは、オスカーの両親である現クラウゼン家当主の話でだ。
「まだ俺は家を継いでいないが、父から継ぐように言われたときに渡されたんだ。
新たな当主とその妻がつけるようにと。
こうやって親である当主が作って、成人した次期当主である息子に渡すのが我が家の習わしでね。
父達がつけているのは、これとはデザインが違う。
この指輪はもちろん一つだけで、それも俺の妻となる女性へ渡されるものだ。
だからこそ、せめて俺の気持ちに嘘偽りが無い証明として今、渡したい」
ジュリアは美しい彫刻の施された指輪を見て、ふと王子からもらった指輪を思い出した。
また返してくれと言われる日がくるのでは無いだろうか。
なんだかまた良くない前触れに思えて自然と表情は曇ってしまう。
「君に、もう二度と指輪を返させるようなことはさせない」
「オスカー様は私の心の内が読めるのですか?」
「君を見ていればわかるし不安になるのも当然だろう。
そのように思い出させてしまうから、指輪を渡すには早いと思っていた。
だが、君には信じてもらうためにためらわずに言葉や態度で示していくことが必要だと思ったんだ。
だから、受け取って欲しい」
ジュリアは俯き、指輪ごと右手で包む。
良いのだろうか、本当に彼に関わるルートを選択しても。
怖い。
怖いけれど、彼の真摯な気持ちをジュリアは疑いたくかった。
「ありがとうございます。
大切に致します」
涙目で微笑んだジュリアに、オスカーはわかりやすいほど安堵の表情を浮かべる。
「良かった。
投げつけられたらどうしようかと」
「そんなことは致しません。
オスカー様から頂いた物は、全て宝物です」
「嬉しいことを言う。
やはりもっと与えるべきだな」
「ものの例えです!
どうか私などにお金をかけないで下さい!」
慌てるジュリアを見て、オスカーは片膝をついたままくつくつと笑う。
いつの間にか二人の顔には笑みがこぼれていた。
「食事を中断させてすまなかった、温めさせよう」
「いえ、オスカー様がよろしければこのままで。
冷めていても美味しいですし、オスカー様と食事できるのならより美味しいですから」
「その指輪は何か魔法でもかかっていたか?
ジュリアからまた嬉しい言葉を聞けるとは思わなかった」
再度二人が笑うと、既に冷めた食事を再開する。
最初の時とは違い、二人は時折笑いながら会話を楽しんでいた。