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ドレス選びは沢山作りたいオスカーと、最小限で良いというジュリアの押し問答が何度も起きて時間がかかった。
だがオスカーの言ったとおり、ジュリアに似合う色を選ぶときのセンスは抜群だった。
薄い桃色の柔らかな生地などはジュリアが子供の時以降選んだことは無いものだ。
だが合わせてみるとジュリアの白い肌に合い、上品な雰囲気に驚いた。
そういえばこういう可愛い物を身につけるのはいつぶりだろう。
未来の王子妃として華美では無くそれでいて清楚な服に装飾品、婚約してからは王子の色である青のドレスばかりで、そこにジュリアの意思など一つも無かった。
転生して出来た家族やこの国を守りたい、一番は死を悔やんだ推しが生きていて欲しいという願いを支えに、聖女を殺した悪女と言われることを覚悟して決行したあの日。
それはオスカーを死へ向かう運命から断ち切る事と同時に、ジュリアの足かせもしらずに消えていたのだろうか。
「次は宝飾品だな」
器用に仕事をしながらドレス選びに参加したオスカーに、ジュリアは流石に止めに入る。
「オスカー様、それ以上私などに散財をされるのはもったいないことです」
「散財?
俺がしたくてやってるんだ。
それに君を豪華に着飾らせることへ苦労するほど、働いていないわけでは無いぞ?
気にしないで君は好きなものを、好きなように身につければ良いんだ。
やっと自分が好きなものを選ぶ自由を得たのだから」
しっかりとジュリアの心はオスカーに見抜かれていた。
こんな彼だからこそ、使用人も勇者も、読者すらも夢中になったのだ。
「では、よろしければオスカー様が宝飾品を選んでいただけますか?
それも一つだけで」
「一つ?一つだけでは駄目だろう。
首飾りと指輪、これだけは譲らない」
オスカーが真顔で言うので押されそうになったジュリアだが、これ以上は申し訳なくてなんとか説き伏せようとする。
「一応宝飾品を作るのが得意な国にいましたので、数は少ないですが母からもらった良い物を持ってきております。
ですので一つで十分です。あとはお気持ちだけで」
「それはそうかもしれないが、俺が送った品が君の指も首にもある方が良いに決まっている。
だから二つだ。
君がもらって良かったと思う品に、是非加えてもらいたいからな」
恥ずかしい言葉を言いのけ余裕の笑みさえ浮かべたオスカーに、負けたと思いながらも推しからの頬が緩みそうな台詞から逃げるようにジュリアは顔を隠すように俯いた。
頬が赤くなっていることなど気づきもせずに。
周囲からすればただただ微笑ましいやりとりだ。
アントンとルイーザは今まで見たことの無い主の様子に驚きつつも、流石攫ってくるほど惚れ込んだ女性の倹約的な面や恥じらいにも好感度は上がっていった。
オスカーが選んだ宝石は赤色の宝石だった。
赤色系の宝石の中でも最高級の石で、早々お目にかかれるわけではない貴重な品。
くすんだ赤でもビビッドな赤でも無いどちらかと言えば真紅。
色の深さがあるのに暗くならない素、晴らしいカットと照りは見ていて引き込まれる。
それをメインに使って、指輪と首飾りを同じデザインで仕立てることになった。
「どうして、この色を選ばれたのですか?」
「気に入らなかったか?なら変えよう」
「いいえ、とても素敵で気に入っております。
ただ、どうしてなのかと思いまして」
長いソファーに二人は並んで座り、伺うように隣のオスカーに問いかけた。
目の前では宝石商が先ほど描いた宝飾品のデザイン画を再度確認している。
「最初から君には赤だと思ったんだ。
ここには色々な赤色の石はあったんだが、この強く感じる美しい赤が印象に残った。
意志の強い君の瞳と心に、重なるような感じがしたのかも知れない」
オスカーは最初から赤色の宝石しか目に入っていなかった。
上品な佇まいでありながら、女性ながらも剣を持ち悪魔を討ったジュリア。
燃えるような強さを秘めて、行動に移すことの出来る女性。
赤は、彼女を表すように思えた。
あの王子のように自分の色を婚約者に身に纏わせるようなことはしたくない。
自分のものだと誇示はしたいが、それは彼女が長らく堪えていた、モノ扱いになってしまう。
だから緑色の宝石も選ばなかった。
青色など論外で、赤はオスカーなりに考えた上での選択だった。
ジュリアは言葉を選ぶように伝えてくれたオスカーを見つめながら、オスカーの配慮に気づくとともに選んだ色の意味を勝手に考えてしまう。
オスカーを示す色というなら目の色の緑だろう。
『色相環』という、色相を輪のように並べて体系化するものがある。
この考えは前世で知っていた知識。
何故か転生した世界では色というものを深く考えていない。
似合うとか好きだとか印として使うなどで、色にそれ以上の意味が無いのは不思議だ。
そんな色相環では、ある色の反対側にある色は『補色』と呼ばれていて、その色を互いに目立たせる。
緑の反対にある色は赤。
緑の美しい目をしたオスカーから選んでもらった赤色の宝石。
この先、彼を支える立場にいられるという意味だろうか、そんな風にジュリアは思ってしまう。
ジュリアは原作小説ではモブのようなものだ。
なのに原作を流れを変えてしまった後、自分がどうなるのかわからない。
だからこそあまりメインの登場人物とは距離を取らなければならないはずが、何故か推しから告白されて婚約者となってしまった。
本当に自分を好きなのか、ただの慈善なのか未だに判断がつかない。
だけれど段々と、このルート選んでみたいとジュリアは欲が出てしまっている自分に怖くなる。
「ジュリア、朝食は口に合ったか?
君の母国の食べ物と同じものを用意させたのだが」
「ジュリア様は朝から紅茶一杯だけしか口にされていません」
「そうだったのか。
すぐに呼ばず、もっと時間に余裕を持てば良かったな」
「いえ、ただ食欲があまりなかっただけですので。
せっかくのお気遣いを無駄にしてしまい申し訳ありません」
オスカーの問いかけに答えたのはルイーザだった。
ジュリアとしては皆からの気遣いに申し訳ないばかりだが、オスカーからすればジュリアの体調が気にかかるのに早々仕立屋達を呼んでかえって疲れさせてしまったと反省する。
「とりあえず君は何か食べた方が良い。
ルイーザ、ジュリアの部屋で彼女の好むものを用意してくれ。
急がせてすまなかった」
「とんでもございません。
多々お気遣い感謝致します。
差し出がましいようですが、オスカー様こそ少しお休みになられてはいかがですか?
戻ってからあまり休まれていないのでしょう?」
心配そうにするジュリアを安心させるようにオスカーは笑顔を見せる。
「そうだな、今夜の夕食を君と一緒に出来るのならそれが一番の休養になるのだが」
「それはただの夕食の時間では」
「俺からすると時間を取って食事を取る方が珍しいから休養扱いされるんだ。
で、俺との夕食の時間を空けてくれないか?ジュリア」
既に答えなど決まっているのに、わざと自分の意思であると言わせるオスカーの顔は楽しそうだ。
ジュリアはちょっとしたいじわるを受けたのに、口をぎゅっと結び小さく頷く。
食事を一緒にしようと言われているだけなのに、先ほどから甘い台詞を山のように言われているようだ。
そもそもオスカーの声は魅力的で、この点は小説で味わえなかった。
それゆえにジュリアには攻撃力が高い。
そんなジュリアはお姫様抱っこやドレス選びやらのイベントが目白押しで、次は一緒に食事である。
乙女ゲームならイヤホン必須、にやける顔を見られないため一人でいることも必須とすべきのイベント祭り。
転生しジュリアとして貴族のマナーは完璧でも、推しと食事なんて一大事だ。
受け身のイベントでは無く、食べているところを実際見られるのかと思うと、好きな異性と食べにくい食事を一緒にしたくはないという微妙な乙女心が顔を出す。
それでも一緒に食事することで仕事を一旦休んでくれるのなら、少しくらい役に立てる気がした。