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身なりを整えたジュリアがオスカーに呼ばれ入ったのは広い部屋だった。
木目調の落ち着いた壁に、家具もシンプルながら職人が手をかけているのがわかるものばかり。
だがそこには謎の人々がいた。
大きな机で大量の書類をさばいているオスカーの隣には、アントンがその書類をまとめている。
部屋の真ん中にはついたてがあり、反対側には三人の男女がジュリアを見てソファーから立ち上がると胸に手を当てて礼をした。
彼らの目の前には色とりどりの布が整然と積まれている。
「ジュリア、好きなだけ服を作ってくれ」
オスカーが書類から顔を上げて言うと、ジュリアは状況がわかっていないという顔をした。
「オスカー様、昨夜から寝ずに仕事をし続けているとは言え、あまりに言葉を省きすぎです。
ジュリア様、私からご説明致します」
「・・・・・・任せた」
オスカーが少ししゅんとなってペンを持つと再度仕事を始めた。
アントンはジュリアの前に行き挨拶をする。
「ジュリア様、昨夜は眠れましたでしょうか」
「気持ちよく寝せていただきました。
起きるのが遅くなり申し訳ありません」
「むしろ早いほうですよ。
おそらくまだ緊張されたままのでしょう、無理もありません。
今日はゆっくりお過ごしいただきたいのですが、オスカー様がジュリア様の服を早く作った方が良いと急かしまして」
「急かしてはいない」
顔を上げずにペンを走らせているオスカーが訂正をすぐさま入れる。
どうやら仕事しながらもしっかり聞き耳は立てているようだ。
「オスカー様失礼致しました。
とても、主が急かすものでドレス職人を屋敷に呼び待たせていたのです」
オスカーはアントンが、とてもを強調して言っているのを聞き流すことにした。
「お気持ちはありがたいのですが、服なら少しはありますしわざわざ作っていただくなど」
ジュリアはもしかして自分のためにとは思ったが、本当に呼ばれていたと思うと恐縮するし、職人を何時から待たせているかは考えたくは無い。
服もそれなりに持っては来たが、そもそも未だ町娘になるつもりでいるジュリアとしては、服の半分が庶民の着るもので高級なドレスなど一枚も持ってきていないことは言えない。
とりあえず職人達がいる手前、少し離れた場所で聞こえないように再度断りをアントンに伝えると、ジュリアの隣に控えていたルイーザが声をかけた。
「失礼ながらジュリア様のお持ちになった洋服を拝見しました。
素敵な品々でしたが枚数が少なすぎることと、今後謁見など正式な場に着ていくドレスが無いのは旦那様も心配されるかと思われます」
オスカーが心配するという言葉に、案の定ジュリアは言葉に詰まって悩んでいる。
ルイーザはジュリアが寝る前に軽い湯浴みをしている間ジュリアの持ってきたドレスを手早く箱から出したが、どれも質素で中には庶民の娘が来ているような服まであって驚いた。
これは伯爵家で虐げられていたのか、それともすぐにこの屋敷を出たいと思っているのか判断がつかずルイーザとしてはオスカーに尋ねて良いのか悩んだ。
だがオスカー自身はジュリアを逃す気は微塵もなさそうなのを見て、ルイーザも主を応援するために外堀は思い切り埋めていく。
「せっかく旦那様が応接間で仕事を持ち込んでまで、ジュリア様がドレスを作る場に参加したがっているのです。
どうかその楽しみを奪わないで下さい。
そもそも仕事人間ですので」
ルイーザがにこりと言うと、ジュリアは驚きオスカーを見る。
オスカーは使用人達のいつもの笑顔に意味深なものを感じたが、それを無視して顔を上げる。
「俺は流行りのものなんてわからないんだ。
だが、君に合う色を選ぶのには、少しくらい手伝いが出来そうだと思ってな」
口元に拳を当て、軽い咳払いをオスカーがすると、ジュリアの頬は知らずに赤くなる。
そんな二人をアントンとルイーザは見て、主の一方的な好意だけではなさそうだと安堵した。
アントンはオスカーから偽装婚約だと思われているとため息交じりに言われたが、これなら結婚というのも遠い未来では無いように思える。
ほとぼりが冷めるまでこの屋敷にジュリアがいることは、二人がお互いを知る良い機会となりきっと距離も近づいていくことだろう。
「さて、そろそろドレスを選びましょうか」
アントンが微笑むと、ジュリアははい、と恥ずかしそうに答えた。