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ジュリアが目を覚めると、視界に入った天井に違和感を抱いた。
横に顔を動かせば、自分の部屋とは違う場所、それもエルザスのオスカー邸に来ていたことを思い出す。
そうかぁ、ここが推しの家、などと身体を起こしてぼんやり思っていたらドアをノックする音がした。
「ジュリア様、ルイーザです。入ってもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
ベッドから降りようとしたジュリアを、ルイーザは笑顔で動きを止めさせた。
「おはようございますジュリア様、どうぞそのままで。
まずは目覚めのお茶をいかがですか?
それとも先にお顔を拭かれますか?」
「ありがとうございます。お茶を先に頂けますか」
「わたくしに敬語など不要でございますよ。
もちろん遠慮も気遣いも不要です。
ジュリア様は私達にとって大切なお方ですから」
ルイーザは微笑みながら、ワゴンで持ってきたお茶をポットから丁寧に注いでいる。
せっかくお茶を用意してもらっているからとジュリアが言った言葉は見破られ、大切なお方という言葉に、オスカーが自分をなんとこの屋敷の者達に言っているのかがわかった。
下手に違いますなどと言えば、オスカーが自分の安全を思い婚約者になどと偽ってかくまってもらっているのに迷惑をかけてしまう。
白磁に花の模様が描かれたカップに口をつけ、今後のことにジュリアは思いを巡らす。
そもそもここの人々は自分がした事を知っているのだろうか。
それを聞くわけにもいかず、ジュリアはカップに視線を落とした。
ルイーザは次にジュリアの顔を洗う準備を離れた場所でしながら、物憂げなジュリアの横顔に気がついていた。
飴色の髪の毛、長いまつげ。
ふっくらした唇には紅ものせていないのに桃色。
隣国の第一王子の元婚約者と聞かされていたが、初めてジュリアに挨拶したときになるほどと容姿を見て納得した。
だが気品と美しさだけではなく意志の強い目が印象的で、ただ甘やかされていた貴族の令嬢では無いのではないだろうか。
そう思ったのが確信になったのはオスカーからジュリアの部屋を下がった後に聞かされた話からだった。
隣国リネーリアには王子のそばに聖女がいるとエルザスでも有名で、一度会ってみたいという貴族や民もいる。
その聖女がジュリアかイザベルかなどわかるはずもなく、ルイーザは簡単にリネーリア城内で起きた話を聞いて思わず声を上げそうになったのを口に手を当て堪えた。
あんな虫も殺しそうに無い伯爵令嬢が、人の姿をした悪魔に短剣を刺すなど。
貴族の令嬢が簡単に剣など扱えるわけも無く、その為に努力が必要な事くらいルイーザもすぐにわかった。
我が主が攫ってきたのは、偽聖女を短剣で滅した元王子の婚約者。
情報が多すぎてルイーザはめまいがしそうだが、アントンはいつも通りの表情で淡々とオスカーの世話をしている。
このことはごく一部だけの秘密にするようにとオスカーに命令され、ルイーザはかしこまりましたと深く頭を下げた。
あっという間に恋に落ちた相手を守りたくて自分の屋敷まで攫ってきた主。
国を救うために悪魔を滅した真の聖女。
ルイーザとアントンは目だけで言葉を交わし、この二人を心して守ろうと思った。