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途中途中休みながら、オスカーの屋敷に着いたのは日をまたいだ深夜だった。
オスカーに手を取られ馬車を降りたジュリアが顔を上げると、ジュリアの屋敷よりは小さいものの格式を感じる屋敷の扉が灯りに照らされていた。
ここはオスカーだけが住むために作られた屋敷で、両親は領地にある屋敷に住んでいる。
この屋敷がある場所は城下町とは違い、城の敷地内に建ってる。
オスカーの屋敷以外にもいくつか建っていて、主に王族に仕え城に出向く機会の多い高貴な身分の者だけがこのように城の敷地内に屋敷が与えられていた。
そこにオスカーは屋敷を構えているのだが、ここなら庶民が簡単に入ってくることも無ければ城の者が勝手に入ることも出来ない場所のため、ジュリアを守るには最適の場所だった。
「お帰りなさいませ」
隙の無い佇まいの老執事がピンとした声で頭を下げる。
執事としてこの家の全てを切り盛りをしながらオスカーの幼い頃から支えていて、この屋敷の頭脳であり要だ。
その横にはメイドにしては人目を引く美しさの若い女がジュリアの前に来ると、挨拶をした。
「お帰りなさいませ、オスカー様、ジュリア様。
わたくし、ルイーザと申します。
これからはジュリア様のお世話をさせて頂きますので、何なりとお申し付け下さい」
メイドというよりは、貴族令嬢と言われても遜色ない振る舞いだ。
小説の中でオスカーの家の話はそこまで出てこなかったことと、ジュリアも忘れている部分もあってジュリアはもしやオスカーが本当に好きなのはこのルイーザなのではと思った。
推しが自分を好きだなんてどうしても納得できないジュリアとしては、他の婚約よけに自分が利用されている方が納得できる。
一読者としては、身分差ものも大好きなのでこういうカップリングは後押ししたい。
となるとやはり自分はどこまでいってもモブなのだろうと、ジュリアは求婚される理由を見つけて納得した。
「ジュリア、長旅で疲れただろう、とにかく今日はすぐに休むと良い。
朝は好きな時間まで寝ていて構わない。
腹が減ればルイーザが食事を用意する」
他の理由に納得していたジュリアの手をオスカーが取ってその甲に軽くキスを落とすと、目を丸くして自分を見ているジュリアに聞きもせずオスカーはまた抱きかかえると歩きだした。
「オスカー様!」
何故突然抱きかかえられるのかさっぱりジュリアにはわからない。
屋敷の中は静かなので小声で言うが、ジュリアの下ろして欲しいという願いはあてがわれた部屋に着くまで許されなかった。
オスカーはジュリアを部屋に運びソファーに下ろした。
ありがとうございますと戸惑ったまま頭を下げるジュリアに満足そうな顔をすると、オスカーは後のことをルイーザに任せ、ジュリアに挨拶をして部屋を出た。
自分の執務室に入ると椅子にどかりと座り大きな息を吐いた。
首元を緩めているとアントンがカップにお茶を入れて差し出す。
甘い香りが湯気にのって、柔らかく鼻をくすぐる。
本来甘い物をあまり好まないオスカーだが、疲れているのでこういう時にはありがたい。
おそらくジュリアも用意されているであろうこのお茶を、同じ屋敷内で飲んでいることが不思議だ。
「オスカー様、ジュリア様はどれくらいの間、屋敷内に止まっていただく予定なのでしょうか」
「まずは二週間だな。
ジュリアには不自由をさせてしまうが、この屋敷で出来ることは全て叶えてやってくれ」
「かしこまりました。
屋敷の者達全員が心待ちにしていた奥様ですから、我々も喜んでジュリア様にお仕え致します」
ふぅ、と浮かない顔でため息をついた主に、アントンは不思議に思った。
オスカーの家であるクラウゼン家には、先に国に戻ったフェルディナントから使いが来て、渡された手紙には簡潔に状況と用意すべき事が書かれていた。
それを受け取った屋敷を取り仕切るアントンはすぐレディースメイドのルイーザを呼び、最低限の人数でジュリアを迎える用意をした。
女性が常に寄ってきて不自由もせず、婚約話を親が持ちかけても全て断っていた我が主。
それがフェルディナントと外交で隣国へ行ったかと思うと、そこで出逢った令嬢を攫うように自国に連れてきてその間に求婚までしたと知らされた時にはどれだけ驚いたことか。
だが主人には色々と悩ましいことがあるようだ。
おそらくより忙しい日々になるだろうと、アントンは考え事をしながら紅茶を飲んでいる主に小さな焼き菓子もそっと差し出した。