18
「ブラックウッド卿、後は追って連絡する。
卿にはリネーリア王家から遠からず連絡が来るだろう。
こちらも様子はみているが、何かあればすぐに連絡して欲しい。
ジュリア、行こう」
オスカーが立ち上がり、横に座るジュリアに手を差し伸べる。
ジュリアは唇を引き結び、その大きな手を取った。
そんな二人を、ジュリアの両親はホッとしたような表情で見ていた。
ジュリアは簡単に荷物をまとめ、オスカーに手を取られて馬車に乗ろうとした。
いつでも家を出られるように準備していたが、オスカーと婚約という大義名分があるのなら身元がばれてはいけないと諦めていた家族写真も持って行ける。
屋敷の入り口で両親に別れの挨拶をし、背を向けて聞こえてきたのは少年の声だった。
「お姉様!」
その声にジュリアは振り返り、真っ直ぐ飛び込んできた少年を抱きしめた。
「エルザスに嫁ぐというのは本当なのですか?!
何故急にいなくなるのですか?!」
くせっ毛でマイラと同じ髪色、ジュリアの弟であるルーイがジュリアにしがみついて訴える。
大きな目には涙があふれていて、ジュリアはハンカチを出すとそっと涙を拭った。
「ルーイ、どうかお父様とお母様をお願いね。
あなたならしっかりお父様の跡を継げるわ。
行くのは隣国、また会えるから泣かないで頂戴」
「本当に会えますか?」
まだしがみついているルーイが、信用出来ないというような声で聞く。
「今度十歳になるのでしょう?
どうかもう泣き止んで。
オスカー様、行きましょう」
「ジュリアお姉様!」
マイラがルーイをジュリアからそっと引き離し、マイラは泣きじゃくるルーイを抱きしめ、その隣ではジェイミーが頷いている。
ジュリアは後ろ髪を引かれる思いで、再度頭を下げると屋敷を出た。
乗り込んだ馬車は急ぎ国境に向かう。
ジュリアとオスカーは同じ馬車で向き合うように座っている。
ジュリアは今後のことを考えていた。
もしかするとリネーリア王家としては、ジュリアこそ偽聖女、偽聖女が聖女イザベルを殺したと言い出すかも知れない。
その場合はブラックウッド家が危うくなる。
守る為にこの国を出たはずが、隣国にいることで情報を知るのが遅くならないだろうか。
「ジュリア」
「はい」
「ブラックウッド家には定期的に使者をよこす。
特にしばらくはリネーリア王家の出方についてこちらとしても注視すべきことだ。
だから、一人で不安にならなくて良い」
オスカーに見抜かれていたことにジュリアは嬉しいと思いながらも、ここまでしてくれるオスカーがより好きになってしまう。
前世で読んだ小説で、オスカーの全てが語られているわけでは無い。
そこを想像で楽しむ、推察するのが楽しみだった。
そんな推しが、ただの一読者だった自分に求婚してくるという謎のルートが発生している。
どうしても乙女ゲームも好きだったせいなのか、隠しルートが発生したようにジュリアには思えない。
勇者にも、兄のように包容力を見せるところが魅力だった。
それがきっと普通の女性にも、愛する人にならもっと愛情と包容力を見せるのだろう。
そして嫉妬などしてくれて、独占欲など見せてくれたら最高だしそうに違いないと妄想に明け暮れたあの頃は若かった。
転生して、オスカーにはまったときよりも遙かに若い年になってしまったが。
「俺が信用出来ないのはわかっている。
急に婚約者になって欲しいと言い、考える時間も与えずにエルザスに連れて行くのだから」
オスカーの整った顔の半分を、外で馬に乗り松明を持った護衛の灯りが中に入り照らしている。
ゆらゆらと入り込む淡い光は、オスカーの寂しさを感じるような表情なのに艶っぽさも感じて、ジュリアは目を背けた。
だがその行為が、オスカーからすると否定されているように受け止めてしまった。
無理も無い、彼女にとってあまりにめまぐるしい時間で冷静に考える暇も無かっただろう。
むしろ彼女を不安にさせるようなことまで言えば、仕方なく条件をのむしかないことだってわかっている。
それでも、自分の元から離したくはなかった。
きっと今彼女から離れれば、二度と会えない。
だから、攫うように連れて行く。
オスカーは自分のしている事が恐ろしい事だと自覚している。
女に溺れる男を侮蔑していたはずが、彼女を手にできるのならどんな手段を使っても良いと思っている。
もう二度とあんな愚かな男の側に居て欲しくは無い。
これからは自分が守りたい。
全ては身勝手な欲求。
そんな思いを抱かせる相手は、必死に起きていようとしていたが睡魔に抗えず寝てしまった。
無防備に眠るジュリアにオスカーは自分の上着をかけるとジュリアの口元がふわりと微笑んだように見えた。