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ジュリアについてきたメイド二人は他の馬車に乗せて、ジュリアは言われた馬車に乗る。
ジュリアは周囲に気づかれないように、エルザス側メイドの服装に着替え長い髪を一つに丸め変装して乗り込んだ。
リネーリア城内は未だ騒ぎの最中で、外に出れば衛兵と押し問答している貴族達もいた。
少なくとも衛兵には箝口令が敷かれたようで、状況を説明しろと詰め寄る貴族に答えないため余計に揉めているようだ。
混乱している中ならなおのこと逃げやすい。
エルザスの王子が乗る豪奢な馬車を先頭に数台の馬車が城門を出る。
そもそも城門を守る衛兵達に、エルザスの馬車を止める力は無い。
国王に許可済み、という言葉だけですんなりと外に出られた。
外は既に暗い。
ガタガタという音が、いつも乗る馬車より激しいのはジュリアもわかっている。
フェルディナント一行は先にエルザスへ、オスカー達はブラックウッド家へと二手に分かれた。
馬車内にはジュリアとオスカーが二人きり。
本来未婚の男女がどうなのだろうかと思うところだが、オスカーからすれば少しでもジュリアと話す機会、それも聞かれたくない話をするには必要だった。
「伯爵には城で起きた事実を話した方が良い。
そして俺の婚約者になることも。
君としては混乱したままだろうが、今しばらくはこれが最適な方法だろう」
「本気で私を婚約者にと思われているのですか?」
「もちろんだ」
「落ち着くまでという期間限定では?」
「違う。俺は本気だ。
ジュリアと出逢うためにここに来たんだとすら思っている」
「何故、まともに話したこともない私を」
推しが自分に告白している。
やはり何かの間違いなのではないだろうか。
馬車の中は小さな灯りしかないのに、オスカーの緑色の瞳が自分だけを映していることに現実感はない。
そもそも何故こんなイベントが発生しているのだろうか。
「フェルディナントと話していたときから惹かれていた。
王子の婚約者というだけでなく、国のことを考え行動しているのだろうと思った。
そして悪魔を滅した。君の姿は俺の心を一瞬で奪うほどに美しかった。
周囲からはどんな女性なら良いのかと聞かれたが、俺自身もわからなかったんだが今はわかる。
言葉どうこうではなく、君が良いんだ。
きっと君は今まであの悪魔を滅するのに、誰にも相談することも無く一人で励んできたんだろう。
そんな君を、俺は守りたい。
ジュリア、今度は君が守られる側になって欲しいんだ」
オスカーはジュリアの隣に行くと、ジュリアの瞳から流れていた涙を指で拭う。
ジュリアは突然のオスカーの行為に驚くとともに、自分が泣いていることにも気づかなかった。
「申し訳ありません!」
「怖かっただろう、悪魔を滅したのは」
驚き逃げようとしたジュリアをオスカーが抱きしめた。
ジュリアの身体が大きなオスカーの腕の中にすっぽりと収まる。
ジュリアの身体がこわばったことに気づいたが、オスカーは背中に片手、右手はジュリアの右手を包む。
小さな手だ。
この手で短剣を握り、剣を悪魔に刺した勇気と恐怖はいかほどだっただろうか。
「こんな小さな手で。
さぞ怖かっただろうに。
自分の信念を通した君は本当に凄い女性だな」
ジュリアが必死に堪えていた涙が、一気にあふれ出す。
オスカーはわかっている、未だ手に残るあの感覚を。そして罪悪感を。
悪魔だと、大切な人の命を守るためとわかっていても、聖女と呼ばれた少女を刺した事実はジュリアの心に深い傷をつけていた。