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「修道院には形だけ入ると言っていたが、ほとぼりが冷めた後どこかに移動するのだろう?」
「いえ、修道院で過ごさずにすぐ目的地へ向かいます。
リネーリアとエルザス国境沿いの都市、デリィです。
修道院には私はすぐ病にかかり、亡くなった事にして名前も変える手はずをしてあります。
名前を偽って生活は出来ても、身分証と許可証が必要な国境検問所を通ってこの国から出るのは不可能ですので」
「なるほど。ブラックウッド郷は全て知っているのか?」
「修道院に入ることを伝えるとしばらく黙っていたのですが、いつか手紙が欲しいと言われました。
おそらく私が起こすことも、今後家に戻らないことも気づいていると思います、お父様もお母様も」
「そうか。
だが、ジュリアがいなくなればブラックウッド家は誰が継ぐんだ?」
「年は離れていますが弟がおります。賢く優しい子なんですよ。
これでブラックウッド家も正しい形になるので安心しています。
平民として過ごすための能力は最低限身につけましたので、ひっそりと暮らせればそれで良いのです」
ジュリアの穏やかな微笑みにオスカーは何か引っかかった。
だが今は今後のジュリアについて、だ。
ジュリアは綿密に計画を立てていたようだが、オスカーからすると甘いとしか思えない。
隣国王子や貴族達の前で起こした王子からの一方的な婚約破棄、悪魔の出現、王子も国王すらも危なかった。
それを他の者が見ていた以上、もみ消すことなど出来はしない。
なら、国にとって都合の良いストーリーを作り上げる必要がある。
間違い無いのは、このままではジュリアは再度、リネーリアに利用されるということだけだ。
一部の貴族は聖女イザベルを剣で刺したところだけを見て、ジュリアはやはり悪魔だと世間に広げるだろう。
そういう点でも、今後リネーリアでジュリアが貴族として生きていくのは不可能だ。
彼女は市井で暮らせるように学んでいたようだが、令嬢が早々庶民に紛れるのは難しい。
持ち物を庶民の物にしたとしても、所作などで浮いてしまう。
浮いてしまえばすぐさま噂になり、王子あたりの耳に入るのも時間の問題だろう。
彼女を守るにはどうすべきか。
オスカーは腕を組み黙り込んだ。
そんな心配を察したのか、大丈夫ですというように明るい笑顔をジュリアは浮かべる。
駄目だ、彼女をこの国に置いておくわけにはいかない。
「ジュリア、エルザスに来ないか?」
「え?」
「先ほどから考えていたが、この国にいるのは危ない。
貴女が色々と考え準備もしてきたのはわかる。
だが、この国から一刻も早く出た方が良い」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。
悪魔を滅する為には、どんな機会でも逃すわけにはいかなかったのです。
それによるこの後の混乱は私にも想像がつきません。
元凶である私が見つかれば、より混乱に拍車をかけかねないのもわかっています。
しかしそれは私が受け入れるべきこと。
どうか私などにお心を砕くことなどございませんよう」
ジュリアの真剣な表情で、オスカーはどれだけ覚悟して過ごしてきたのかを痛感した。
聖女を演じていた悪魔を滅した。
それになんだか隠してることも多々ありそうだが、後々聞けば良い。
「君はやはりは我が国に来るべきだ。
我々は明日、この国を立つ。
外交団は国境では調べられることはないし、俺と一緒ならなお問題ない。
出るなら早いほうが良い。ここが混乱しているうちに。」
まさかの展開にジュリアは戸惑う。
オスカーの申し出はジュリアにとって渡りに船だ。
ここで迷っている時間は無いと覚悟を決めた。