1
腹に、肉に刺さる感覚が短剣のグリップから手に伝わった。
金の髪がふわりと浮いて、目の前の聖女と呼ばれた少女が傾いていく。
少女は短剣を突き刺した私に、射殺すような目を向けた。
長かった、ここに行き着くまで。
彼女を倒したことで、前提は崩れ悪魔がこの国を飲み込むことは無い。
それによって最大の目的である、推しが死ぬことも回避できた。
剣を抜いた私、ジュリア・ブラックウッドは息を吐いて、剣を持っていない手で握りこぶしを握ると天を仰いだ。
*********
絢爛豪華な舞踏会。
リネーリア国の城内、最大の広間で行われている舞踏会の理由は隣国エルザスとの外交でリネーリアがエルザスを招待して行われているものだ。
貴族の紳士淑女がホールの真ん中でダンスに興じ、オーケストラが豊かな音をホール一杯に広げている。
そんな中でも至る所で貴族達は噂話で盛り上がっていた。
なぜなら渦中の三人がこの会場にいるからだ。
深い青のドレス、腰からのドレープが上品で飴色の長い髪はハーフアップされている。
意志の強い瞳が印象的なジュリア・ブラックウッドは笑顔で来客に挨拶をしながら、婚約者であるこの国の第一王子、ハリソン・スペリオル・ハミルトンがとある少女と密着しながら話しているのを視線の端に捉えた。
金の緩やかなウェーブヘアの少女、聖女と呼ばれるイザベル・グレイは上目遣いでハリソンに話しかけ、ハリソンは笑顔をたたえたまま彼女だけを熱い目で見ている。
今回はいつもの行われる貴族達の暇つぶしなどではなく、重要な外交の場。
国内の有力貴族も当然来ているが、一番は外交団のトップとして来訪したエルザスの第一王子フェルディナント・フォン・ライフェルをもてなす事が最優先だ。
なのにこれから親交を深めなければならない同じ立場ハリソンは、フェルディナントに簡単な挨拶だけをして、ただイザベルとの会話に花を咲かせている。
「お飲み物をどうぞ」
他の貴族と会話を終え周囲の令嬢達がダンスに誘ってもらえないかと期待の目で見つめられているフェルディナントに、ジュリアがメイドを連れて声をかける。
期待していた令嬢達は露骨にジュリアへ嫌そうな顔をすると、他の男を探すために離れていった。
「頂こう」
フェルディナントが笑顔で答えると、すぐ後ろに控えていた男がメイドのトレーからグラスを取って一口飲み、間を置いてからフェルディナントに渡した。
エルザスは領土も大きく軍事大国として知られている。
大きな理由は領土にある大きな森には魔物が多く住み着き、民に危害を加えるためその討伐が必要故に優れた戦闘能力、魔力を持つ兵士が多くいる。
その多くの兵士の頂点に立つのが、近衛騎士団団長オスカー・フォン・クラウゼン。
先ほど毒味をした美丈夫だった。
そのオスカーが仕えるフェルディナントは軍事大国の王子とは思えないほど美しい容姿で、金の長い前髪を上げ濃い紫の瞳がしっかりと見える。
この濃い紫の瞳は強い魔力を持つ者の証拠だ。
そんな美しいフェルディナントが前にいるというのに、ちらりと見たオスカーにジュリアの全ては奪われていた。
(躊躇無く毒味した!隣に部下がいるのにエルザス最強の騎士自ら毒味しちゃうの?!髪の毛漆黒!つやつや!長い後ろ髪を束ねている銀の髪留めは昔殿下から頂いたおそろいの品なのよね!その思い出話の回想回で私は泣いたわよ!鼻水流しながら!目の色!表紙で見たよりなんて綺麗な濃い緑。あれよ、深い緑は高価な宝石のツァボライトに近いかも!顔のパーツがどれもこれも整ってる。なんなのその美しく高い鼻筋、エベレストか!全体的に彫りが深いが暑苦しくないってどんな案配なの?!やはり背が高い!スカイツリーかな?!広い肩幅!厚い胸板!黒の軍服をこれ以上無く着こなしている人はいるのだろうか?!いやいない!いいか、制服やスーツを格好よく着るには中身が重要なんだよ、わかってる!腰の位置たっか!パンツの裾とか短くしたこと無いどころか足りないやつよ。むしろ、履いてみたら裾が足りないとかなって周囲ドン引きするやつだ。やだ、パンツ選びに付き合いたい。で、ここ!本ではわかんなかったけどありがとう解釈一致です。そう!その声を望んでいた!低いけど重すぎない実直さが現れるような声!この声が親しい人には少し明るくなるんでしょ?!怒ったときにはそれはそれは低音になるんですよ。いやー聞きたい。浴びたい。その瞳と声、彼の存在全てに乾杯)
ジュリアは、推しであるオスカーを心の中で絶賛していた。
声に出していたら息継ぎが大変だったがそこは心の中、ノンブレスで一気に煩悩を吐き出せたようでまだ足りていない。