お金より重い愛はある?
十二月某日金曜日。今日は彩葉の誕生日。
プレミアムフライデーではなかったけれど、親友の誕生日ということでプレミアムな気分で、私は都内の某ショッピングモールにいた。
バイトも終わり、彩葉を驚かすついでに誕プレを渡してやろうと、本人から引き出した情報を頼りに、ショッピングモール内を探しているのだ。気分はさながら探偵のよう。
建物内なのですぐに見つかるだろうと高を括っていたが、しかし見つからない。すれ違ってしまった可能性もあり、いい加減ドッキリは諦めてメッセージを送って落ち合うか考え始めていた。
そしてお腹が空いていたのもあり、自然と足がフードコートの方へと向かっていた。
するとよく知る横顔が見えた。
あっ――。
喜色に頬が緩むのを感じつつ、声を掛けに行こうとした私は、途中で硬直し立ち止まってしまう。
普段と様子の異なる彩葉を目撃してしまい声を掛けるのを躊躇ってしまったのだ。
普段の振る舞いは清楚とは言い難い彼女が、清楚に着飾り、Pコートなんて着ているのに瞠目する。
――あの店はお高いレストランだよね?
レストランの近くなんかで何を……。
誕生日だから家族と待ち合わせをしている。
そういうふうに思いたかった。いや思うのが普通だろう。
けれど格好を見て、一抹の不安が過ぎってしまった。
それとなく人陰に隠れた私は、しばらく様子を見ることにした。
そうして五分だか、十分だかが経過し、スーツ姿の男性が現れた。
まさか。
――そのまさかだ。
彩葉の待ち人は彼だったらしく、挨拶を交わし合い、レストランへと入っていった。
私は彩葉の背中に問い掛けた。
ねえ、その男の人は誰?
見知らぬ男性に、微笑む彼女。
仲睦まじげな空気を醸成していて、年の差のあるカップルにも見えた。
それもあながち間違いではないかもしれない。
じっとレストランの方を見据える。
呆然と立ち竦む私を置いて、二人はディナーを楽しんでいるのだろうか。
食事をしているところまで想像してしまったのがいけなかったのか、ぐぅと腹の虫が鳴く。
私の気持ちなんてお構いなしに、食欲が首をもたげ始めていた。
――馬鹿みたいだ。
私はなんだか悔しくなって、ファストフードのハンバーガーをやけ食いした。何故か塩味がした気がする。
翌日の土曜日。今日は彩葉がウチに遊びに来ている。
彩葉は、寒いからかウチのこたつを占拠していた。
疲れているのか突っ伏して眠っている。
私が冷蔵庫までチョコケーキを取りにいっている間の僅かな合間に寝入ってしまうなんて。
と思いつつ、私もこたつ布団を捲る。
一瞬、彩葉のパンツが見えるんじゃないかと邪念が入ったが、すぐに頭を振って追い出した。
そんな彩葉の足が邪魔すぎて、避けて入る。
彩葉が寝ているうちに考える。
昨夜のデート疑惑の件について、どうやって探りを入れるかだ。昨日はどうしようもなく気になってしまって、私も寝不足だったりする。
大事な親友である彼女がもし悪い男に引っ掛かってでもいたら……、と思うと気が気じゃない。
寝ている彩葉に問いを投げていた。
彩葉、どういうこと。 ――なんて訊くのは不審に思われる。
彩葉、彼氏いたの? ――昨日、目撃していたのがバレる気がする。
彩葉、彩葉、彩葉――
肩を揺すぶられていた。
「チョコケーキ」
「? あれ、私、寝てた……?」
「うん、ほんの十分だけど」
十分ならもうちょっと寝かしておいてくれよ。
心の中で悪態をつく。
ともあれ、もぞもぞとこたつを出てブツを持ってくる。
「はい、(渡しそびれていた)誕生日プレゼント」
箱の中身は美容用品だ。
「ありがとー、なんで美容グッズ?」
「彩葉には綺麗でいてもらいたいからかな」
恥ずかしいことを言ってしまった。
はっとして俯く私を見て、彩葉はにんまりと笑みを浮かべる。
「ふーん」
「ならさ、あたしもさ涼花には綺麗な顔をしていてほしいんだよね」
その言葉の意味はすぐにわかった。
「……やっぱり」
顔に出てたか。
彩葉に隠し事はできないなと思った。素直にありのままを話す。
「ああ、それで今日はずっと浮かない顔をしてたのか」
「で? どういうことなの?」
きつく問い詰めるみたいになっているけれど、こればっかりは譲ることができなかった。
「パパ活だよ。お食事してお金貰ってたの」
彩葉はあっけらかんと言ってのけた。
「どうして?」
訳があるなら打ち明けてほしい。
「内緒」
はぐらかされて、――反射的に怒鳴りつけそうになった。口を噤み、ぐっと堪える。
ぷしゅっと怒りのボルテージを落とし、
「やっぱ駄目だよ。そういうの……」
「涼花御前様は真面目だねえ」
からかい混じりに出てきたのは、今年やっている某大河ドラマのせいでもじられて付いたあだ名だ。
デリカシーのない男子が呼び始めた。
「それともサーキットのがよかった?」
「どっちも嫌!」
こればっかりはきっぱりと否定する。
誤魔化されてなるものかってじっと見続けるものの、彩葉は言うつもりがないのか、無言でチョコケーキを配膳する。勝手知ったる他人の家というように、手慣れている。
私はチョコケーキを食べる彩葉を注視してしまう。
利き手は左だったはず、それなのに右で食べるなんて。しかも、なかなか器用だ。左手で食べているときの方が不器用な食べ方だった気がする。
私が見ているのに気づいた彩葉は、ケーキを飲み込み、
「ああこれ、人前で恥ずかしくないようにね」
と答える。
「お金のために身に着けた?」
思わず、悪態をついてしまった。
すぐに、そんな言い方はないんじゃないかって後悔する。でも言ってしまったものは引っ込まない。
彩葉の顔は見れなかった。
「涼花も食べなよ」
言われて、微妙な空気で食べるチョコケーキは甘さよりもビターな苦味を強く感じた。
「涼花はさ、私のこと好きなの?」
――わかってるくせに!
せりあがってくる激情をココアで飲み下した私は言う。
「彩葉のことだから私はこれ以上踏み込めないのかもしれない。けどね、私は彩葉のことを大切に思ってるの、その気持ちはわかってほしい」
それはさながら子供を諭す親のように。
ふいに彩葉が、
「その気持ちは、お金より重い?」
「どういう意味?」
「あたしがお金をあげなくても、関係を続けてくれる? これからは進路だって変わるかもしれないじゃん」
何言ってるんだろうって思った。現に今まで、金銭が絡まないで付き合ってきているじゃないか。
でも彩葉が問いたいのは、そういうことじゃない。これからもずっと傍に居てくれるかってことだろう。
それなら、私の答えは決まっている。
「もちろん」私は頷いた。「彩葉と過ごす時間は私にとってプライスレスだから」
「なら証明して見せてよ」
「何を?」
「決まってるじゃん。お金より重い愛をだよ」
すると優しく導かれて押し倒される。
自らの唇を艶めかしく舐める彩葉は、肉食獣のような笑みを浮かべた。
そこで過多気味な情報の処理が終わり、私はようやくこの行動の意味するところを理解した。
かーっと頬が熱くなった。
これはこたつに入っていたからだ。と誰に言うともなく、心の呟き。
「そんな方程式を解くみたいには……」
いかないよ。
「――いっぱいイッちゃったね」
恋の方程式とけちゃった……。
息も絶え絶えに私は、伝えたいことを伝える。
「もうパパ活なんてしないで」
「できると思う?」彩葉は蠱惑的に笑った。「――好きだよ、涼花」
「私も、大好きよ」
そうして彩葉はぽつりと言った。
「パパ活してたのは涼花になんでも好きなものを買ってあげるためだったんだけどなあ」
「重いよ」
なんだか馬鹿らしくなり、私たちはいっぱい笑った。