生き倒れ君②
「め、飯……食事ですか? ありがたい話ですが、あいにく僕は食糧はもう残ってないんです」
「俺の弁当を分けてやるから安心しろ」
「そんな! それでは貴方の貴重な食糧がっ!?」
生き倒れ君改め、ヨハンが大袈裟にそう言った。
貴重って……ここからツヴァイまで歩きでも30分もあれば着くし、俺の家なんか山を登れば目と鼻の先だ。
それに、このドゥーエの森は鳥や獣がたくさんいるし、山菜や木の実や果物と山の幸が豊富に実っている。
はっきり言って食う事には困らない。
だけど、それも採れなければ意味がないか。
「今日は夜まで採取するつもりで2食分持って来てたから大丈夫だ。遠慮するな」
「そうなんですか? それなら……」
嘘である。
何かあった時のために【収納】の魔法で食料はいつも多めに持つようにしている。
理由は単純明快。
いつも俺が飯を食ってると誰かがやって来るからだよ!
「そんなわけで気にするな。ほれ」
「し、しかし、やはり……そうだ! なら代金を支払います! こう見えても僕は商家の生まれでして、無料というと気が引けてしまうので……」
「ヨハンは商人だったのか? てっきり冒険者かと思った」
「い、いえ……その、つい先日冒険者登録をさせていただいたばかりでして……」
鉄級冒険者、思った通り新人だったな。
商家の生まれで冒険者になるって事は、跡目になれなかったって事かな?
どうでもいいけどね。
「なら銅貨1枚でいい」
「はいっ! では、こちらで」
「まいど。じゃ改めて、ほれ」
「ありがとうございます!」
木製の四角い弁当箱を渡すと、ヨハンは大事そうに両手で受け取り、目には涙を浮かべていた。
結構彷徨ってたんだな……
「ああ、3日ぶりの食事だ! 神よ、生命の恵みに感謝いたします!」
『神が恵みを与えてくれるならお前は倒れてなかったよ』なんてツッコミは口が裂けても言えない。
こっちの宗教がなんだか知らないけど、自分の信じる者を馬鹿にされていい気がする奴はいないだろうからね。
「わぁ! す、すごい! ツヴァイにはこんな豪勢な弁当を出している料理店があるんですね!」
「うん? 違う違う。その弁当は俺の手製だよ」
あまりの腹減りで弁当が豪華に見えているのか、ヨハンが変な勘違いをしている。
そんなに大した物は入ってないよ。
「えっ!? だ、だってすごい中身ですよ!? 魚のフライに肉の腸詰、小さなオムレツに茹でたほうき草ですよ! これは店で出せる代物です!」
なんか変なスイッチ入ったなぁ。
本当に大したもんじゃない。
だって、のり弁だし。
ちなみに小さなオムレツはだし巻き卵、茹でたほうき草はほうれん草のお浸しの事だ。
「とにかく話は後だ。さっさと食おうぜ」
「そ、そうですね! では、先ずは魚のフライを……美味ぁあああああい! サクサクッとした衣とふんわり柔らかなマダラ魚の身が合わさって、まるで口の中でワルツを踊るかのよう美味さが広がっていきます!」
大袈裟な……空腹は最大の調味料というが、それにしたって行き過ぎてないか?
「肉の腸詰は程よい塩加減でパリッとした歯応えが最高だ! この小さなオムレツは……あ、甘いっ!? こんな甘いオムレツは初めてだけど、嫌な感じは全然しない! むしろこの優しい味わいが堪らないぞ! そして、濃い味の後にあっさりとした茹でたほうき草がなんともさっぱりさせてくれる! これは本当にすごい弁当ですよ!」
「そ、そうか……それはよかったな。それより、その下のも残さず食えよ」
「下? 下ってこの黒い紙? これは食べられるんですか?」
「食えない物を弁当に入れるわけないだろ? それは海藻が紙状になったものを味付けしたものだ」
そう、これは味付け海苔だ。
と言っても、こっちで人工的に作られてるわけじゃなくて、こいつは天然物だ。
ツヴァイの沿岸部の一部に藻巣蟹という蟹がいる。
名前の通り、海藻を千切って巣を作る蟹で、この味付け海苔の海苔の部分はこいつの巣を乾燥させたものだ。
こっちの人達は藻巣蟹自体は食べるが、その巣まで食べていない。
ただ、藻巣蟹漁をしていると巣も一緒にくっ付いてくる事が多いので、市に行けば大抵は置いてある。
俺はそれを格安で譲り受けているのだ。
それを乾かして砂糖と黒墨樹の実を合わせた物に浸けた後、天日干しにすると味付け海苔もどきの完成だ。
「紙状になった海藻とは珍しいですね。その更に下には米ですか? これはいよいよ、どんな味がするのか検討もつきません……う、美味い! なんて美味さだ! 磯の香りと程よい甘辛さが口の中で混じり合い、淡白な米を包み込んで深い味わいを作り上げている! これだけでも十分なご馳走と言えますよ!」
なんか急に食レポみたいなのをベラベラ喋り始めたな。
うさんくさい料理評論家みたいにも見えてきたぞ。
「リョウさん! 貴方は素晴らしい料理人です! 思いきってお店を開いてはいかがですか!? この弁当は王都でも流行りますよ!」
「悪いけど店をやるつもりはないよ。俺はただの冒険者だからな」
店を開くなんて冗談じゃない!
社畜だった俺がようやく手に入れた平穏な日々だぞ?
そう簡単に手放してたまるか!
「そ、そうなんですか? 少し勿体無いような気がしますが……」
「剣が上手いからって、絶対に剣士にならないといけないわけじゃないだろ? 人は人、俺は俺だ。やりたい事をやるだけさ。ただし、どんな結果になっても全部自己責任ってオマケが付くけどな」
「はははっ、それは嫌なオマケですね。でも……本当にリョウさんの言う通りです。僕も商家の子として生まれましたが、昔から冒険や英雄譚が大好きでしてね。店に来る冒険者達の話を聞いては胸を躍らせて、気づいたら家出同然に家を飛び出して冒険者になっていました」
無茶な話だ。
冒険者になった事がじゃない。
そのための準備もせずにいきなり飛び出した事が問題だ。