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狼獣人と狐獣人③

「本当にすいませんでした」


「不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ございませんでした」


 ミューさんとリーディアさんは家に入るなり、2人揃って深々と頭を下げて謝ってきた。

 謝られる覚えは確かにあるけど、陽の落ちた暗い森の中をやって来る程の事じゃない。

 次に会った時でも構わなかったのに、何を焦ってるんだ?


「ミューさんも、リーディアさんもそこまで謝らなくてもいいですよ。もう気にしてませんから」


「あ、ありがとうございます!」


「よ、良かった……次からは気をつけますわ。本当に」


 心底ホッとしたような表情で、胸を撫で下ろす2人。

 そこまで深刻にならなくてもいいのに、何かあるのか?


「2人とも、わざわざこんな暗い中をやって来る事ないのに。俺の家は街から離れた、こんな山の中ですよ? 次に会った時でも良かったんじゃないですか?」


「そ、それが……」


「そうもいかなかったのよ……」


 溜息混じりに肩を落とす2人の話によると、原因はさっきのギルドでの揉め事らしい。

 ギルドマスターは、ギルド内で秩序を保つはずの職員が揉め事を仲裁するどころか助長した事、大店のリーディア商会の会長の規約違反ギリギリの行為に怒り心頭だったそうだ。

 更に、相手がなかなか受け手のいない採取依頼を専門的に受けている俺だったのも問題視されたそうで、『機嫌を損ねて別の街に移籍されたらどうする!?』とまで言われ、許してもらえるまで帰って来るなと街から追い出されたそうだ。

 出来なかったらミューさんは1年間の給料半額カット、リーディアさんは商会からギルドへの依頼停止と告げられてしまい、2人は泣く泣くこんな夜中に俺の家まで訪ねて来たそうだ。

 うーん、哀れ……


「本当に許してくださってありがとうございます!」


「本当ね。オルテガの説教は、もうこりごりだわ」


 気を張っていたのが解けて安心したのか、顔に疲れが見える2人。

 さすがに、このまま帰すのはちょっと可哀想な気がする。

 俺も全くの無関係ってわけじゃないしな。


「2人ともお腹は空いてませんか?」


「えっ? あっ、はい……」


「そういえば夕食の時間ね。今から帰って食べるとなると遅い夕食になりそうだわ」


「男飯でよかったら食べて行きます?」


 俺の提案が意外だったのか、2人は顔を見合わせていた。


「リョウさんはお料理もされるんですか? 私はお腹ぺこぺこなんで、お言葉に甘えさせていただきたいんですけど……」


「私もいただくわ。たまには庶民の食事もいいものですから」


 2人とも食べるのね。

 多めに作って保存しておいて良かったよ。

 俺は一旦、台所に戻って2人分のパスタを準備して、席に着いた2人の前に置いた。

 

「じゃあ、どうぞ。大した物じゃなくて悪いんだけど」


「これって……パスタですか?」


「……何か妙にドロッとしてるわね。焼いたベーコンが入ってるみたいだけど……大丈夫なの?」


 んっ? ああ、そうか。

 異世界(こっち)のパスタってチーズと香辛料だけの物しかなくて、パスタソースって概念すらないんだった。

 そりゃ気にもなるか。

 

「これはカルボナーラって言うパスタですよ。お口に合えばいいんだけど」


「卵も入ってるみたいですね。全然味の想像がつかないです」


「まぁ、とりあえず一口いただくわ」


 見た事もないパスタに少し戸惑っていた2人だけど、口に入れると眼を見開いた。


「お、美味しいっ! これ、凄く美味しいですよ! リョウさん!」


「な、何これ……焼いたベーコンにチーズと卵、それにこれは牛の乳? それらが合わさってクリーミーの舌触りと濃厚な味が一体となってる! こんなに美味しい物だなんて……」


 おそるおそる食べた一口目とは違い、2人は一心不乱に食べ出した。

 いい食べっぷりだ。

 俺も腹減ってるし、早く食べよっと。


「うん、美味い……けど、なんかもの足りない?」

 

 ミューさんもリーディアさんも美味しそうに食べてくれているが、俺にはなんとなく一味足りない気がする。

 はて、なんだ?

 クリーミーで濃厚、それでいてまろやかで優しい味……あっ、アレだ。

 アレを忘れてたわ。

 後でかけようと思って忘れてた。


「どうしたんですか? リョウさん」


「ちょいと忘れ物があってね。2人もまだ残ってるなら置いといた方がいいよ。もっと美味くなるから」


「こ、これ以上に美味くですって!? も、もっと早く言ってくださらない!?」


 そうは言われても俺は料理人じゃなくて、ただの料理好きだからな。

 忘れる事も失敗する事もある。

 おっ、あったあった。

 

「こいつを忘れてたんだ」


「黒い粒……ま、まさか胡椒(ピッパリ)ですか!?」


「嘘でしょ? ちょっと昔までは一袋に金貨1枚の値が付いてた超高級品よ? 貴方、それをこんな簡単に……」


「絵画なら綺麗に飾るし、宝石なら大切に身につけるよ? でも、食材は美味しくいただくためにあるんだから、金がかかろうが美味いんなら食うべきだよ」


 な~んて偉そうに言ったけど、実はこれは買った物じゃないからお金はかかってない。

 偶然だけど、この森の奥に野生の胡椒が自生しているのを見つけて、俺自身が採取したものだ。

 俺だって流石に金貨1枚出して買ったものなら使うのに躊躇するよ。

 でも、自分で採った物ならそこまで気にする必要はない。

 それに俺には大金は必要ない。

 持ってると碌な事がないし、スローライフにはそれほど必要じゃないんだ。

 では、自ら採取した胡椒を一つまみ、自分の皿にパラっと落とす。

 うーん、胡椒のいい香りがするね!

 これで本当の完成だ!

 さて……


「そんで? 2人はどうするの?」 


「うぅ……い、いただきます!」


「当然よ!」


 ならば、2人の皿にもパラっとかけてあげよう。

 辛くなり過ぎてもいけないから量は調節するけどね。

 

「さぁ、食べてみて」


「胡椒をこんなに……いただきます! か、辛っ……えっ? す、すごい! さっきより美味しいです!」


「胡椒のピリッとした刺激が、まろやかな味わいを一層引き立てているわ! 美味しい! これは美味しいわよ!」


 胡椒が気に入ったようで、2人は夢中になってカルボナーラを食べ、俺もつられて一気に皿を空にしてしまった。

 誰かと食べる食事もたまには悪くないかな?


「ああ! 美味しかった! リョウさん! すっごく美味しかったです! 本当にありがとうございました!」


「本当に美味しかったわ。ねぇ? この料理のレシピって教えてもらえないかしら? もちろん御礼は弾むわよ」


「はははっ、気に入ってもらえたようで良かったよ。食後に何か……ん? げっ!?」


「どうしたんですか? 外に誰か……あああっ!」


「か、完全に忘れてたわ……」


 窓の外に恐ろしい化け物……もとい、鼻息を荒くし、顔を真っ赤にさせたギルドマスターのオルテガが立っていた。

 この2人だけでこんな遅くに俺の家まで来れるとは思ってなかったけど、オルテガが一緒だったのか。

 2人が家の中で美味い飯を食ってる間、オルテガはずっと外で待っていたのか。

 そりゃ怒るわな。

 

「ど、ど、どうしましょう!? ギルドマスターめっちゃ怒ってますよぉ!」


「し、知らないわよ! 許してもらったらすぐに帰るって言ってたのに……リョ、リョウさん! なんとかしてくださいな! 一緒に夕食を楽しんだんですから同罪ですわ!」


「なんでだよ! 俺を巻き込むなぁ! 俺は外でオルテガが待っているって知らなかったんだ!」


「そ、そんな事言ってる場合じゃ……きゃあああ! マスターが扉を!!」


「か、完全に怒りで我を失ってますわ! 扉をぶち破る気ですの!?」


「やめてぇえええええ! 俺の家を壊さないでぇええええ!!」


 その後、扉を破壊して入って来たオルテガによる説教が再び始まった。

 今回は何故か俺まで巻き添えを食う羽目になったよ……

 やっぱり誰かと一緒に食事をすると碌なことがないよ!


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