元気人間娘⑤
左頬が赤くした彼女の顔。
俺が引っ叩いたんだ。
俺が……えっ!? 何でっ!?
何で俺が引っ叩いてたの!?
えっ! だって、さっきまで俺は後ろを向いて座って……うおっ! 俺の座ってた場所の地面が軽く抉れとる!
ど、どうなってんだ!?
「い、痛い……えっ? なに? 何が起こったの? 私、喉を突こうとしてたのよね?」
何が起こったかわからないのか、譫言を呟く彼女。
俺だってわからないから、説明のしようがない。
一体、何が起こったんだ?
「き、君。すごい反応と動きが出来るんだね。私の眼が全然追いつかなかったもん。本当に何者なの?」
何者と言われても困る。
俺はのんびり生きたいだけの、その日暮らしの銅級冒険者で、それ以上でも以下でもない。
「ただの銅級冒険者です」
「嘘だよ。あんな動き、普通にあり得ないから。私が全然わからなかったんだよ? これでも金級くらいの実力はあるんだから、君は明らかにそれ以上。白金級、もしかしたらそれ以上かもしれない」
お願い、やめて。
そんな大事にしないで。
俺はのんびり暮らしたいんだけなんだ。
「君は優しくて強い。そんな人の生命は奪えないよ。私みたいな穢らわしい人が死ぬ方がいいんだ。だから、手を離して……」
「もう一回叩くよ?」
彼女の言葉を遮るように俺は言った。
今度は手は出さなかったぞ!
と、思ったら彼女の顔がみるみると青褪めていく。
どうしたの?
「……すごい圧力だね。身体の芯まで響くよ……こ、これだけで死んじゃいそう。あっ、もしかして、そういうプレイ?」
「いかがわしい言い方をするんじゃない! 殺す気なんかないから! えっと……とにかく死んじゃダメです。殺すなら俺を殺せばいいでしょ! なんで自分が死のうってなったんだよ!」
「だって、無理だよ……」
そう言うと、彼女はその場に力無くペタンと座り込んでしまった。
その直後、表が騒がしくなっているのに気がついた。
どうやら彼女がへたり込んでしまったせいで、結界が解けてしまったらしい。
このままだと、あの2つのクズの死体が見つかるのも時間の問題だ。
このまま此処にいるのはマズい。
仕方ないから、俺は虚ろな彼女を引っ張って家に帰った。
家に着いて後も、彼女はしばらく放心状態だったが、やがて深いため息を吐くとゆっくりとその重い口が動き始めた。
彼女の名前はカイ。
表向きは世界を謳う吟遊詩人だが、裏ではそれなりに名の知れた暗殺者なんだそうだ。
とは言っても誰でも殺すわけじゃなく、法で裁けない、もしくは法では許されない重罪人だけを標的としているらしい。
「権力者や金持ち、あとは闇に潜んでいる犯罪者はなかなか正当には裁かれないんだ。だから、私はそういう奴等を専門に殺す暗殺者をやってるんだ」
ふーん、暗殺者か。
世の中には色んな仕事があるもんだ。
まぁ、俺もその活動には賛成だけどね。
加害者の人権とか言って、被害者や遺族の人権を踏み荒らす法律とかあるもんなぁ。
特に、この異世界には貴族が庶民に何をしても罪には問われないって国もあるし、衛兵に金を握らせて罪から逃れようとする輩もいる。
そう考えると、カイみたいな存在は必要なのかもしれない。
「今回はあの商家の主人からの依頼だったわけだ」
「うん。母親を無惨に殺されたからって。相手はチンピラだったけど、街を出られたら衛兵隊は外まで真剣には追わないから。この【水晶の角笛】は報酬と任務完了の証ってわけ」
なるほど、それは遺失物捜索の依頼が出てたもんな。
それをギルドに持っていけば、報酬が手に入るわけだし、依頼人にも任務が完了した事が伝わるわけだ。
「でも、もう駄目。正体がバレた以上は暗殺者は廃業しないといけない。だから後は君が煮るなり焼くなり、好きにしていいよ」
そう言うとカイは床に座って、手を背後に回し、頭を垂れて目を瞑った。
これはさっき俺がやった切腹スタイルじゃないか。
「さっきの君の覚悟、かっこよかったから。最後はこの姿にしようって思ったの」
いらん事思うな。
俺は自分が死ぬのはどうでもいいが、こんな可愛い女の人が自ら命を断とうとするのは見過ごせない。
ましてや、カイの存在は権力者から見れば悪以外の何者でもないが、俺みたいな平民からすれば正義だ。
私利私欲のためにやってきたわけじゃないんだし、何も死ぬことはない。
だから、こうしよう!
「カイ。ちょっとそこの荷物からローハッツの実を出してくれ」
「えっ? ロ、ローハッツの実? な、なんで?」
「いいから早く」
カイは怪訝そうな顔をしながらも、渋々ながら荷物からローハッツの実を取り出してくれた。
死を覚悟したところを悪いが、その覚悟は今は必要ない。
今、俺とカイに必要なものは別にある。
それは飯だ!
腹が減ってるから余計なことばっかり考えるんだ!
奇跡的に山花大鳥の肉が残ってたから、晩飯はこいつにするぞ!
「今から料理するから、カイも手伝ってくれ。その方が早い」
「えっ? えっ? で、でも、私は料理は全然できないんだけど」
「簡単な作業だけだから安心して。それにしても意外だな。暗殺なんて器用じゃないと出来ないと思うけど」
「料理をしてこなかったんだよ。お腹に入れば結局同じだから」
「美味い物を食うって過程に意味があるんだよ。ちゃんと料理くらい出来るようになっといた方がいいぞ。お嫁に行った時に困る事になる」
別に差別をする気はないが、この世界はまだ女性が家事をするのが一般的な世界だ。
俺みたいに男が料理するのは珍しく、料理人でもない限りは料理は出来ないから、カイも出来た方がいいと思う。
「私は、お嫁にはいけないよ」
カイが真顔でそう言った。
暗殺者って事を気にしてるのか?
確かに気にするなって言う方が無理かもしれないけど、人生を捨てるにはまだ早すぎるよ。
「なぁ、カイ。悪人を殺すのは護衛任務なら冒険者だってやる事だ。何もそこまで……」
「えっ? ああ、違う違う。そういう意味じゃないよ」
「そういう意味じゃない? なら、どんな意味があるんだ?」
「単純な問題だよ。だって私、男だもん」
俺は手に持っていた皿を落とした。
カシャンと皿の割れる音が、放心状態の俺の右耳から左耳へと抜けていった。
はい? お、男?
ま、まさか……男の娘っ!?




