狼獣人と狐獣人①
沿岸都市ツヴァイ。
ヴァルト王国で唯一の海、アルマニ海に面した都市だ。
ツヴァイはドイツ語で『2』を表す言葉だけど、2番目の大都市というわけじゃない。
王都からは遠く離れており、どちらかといえば辺境の田舎都市だ。
でも、この辺りに大きな都市はツヴァイしかないから、近隣の街や村から人が集まるため、辺境にしては人口は多く、ここツヴァイ冒険者ギルドもそれなりに賑わっている。
人が多いところは苦手だ。
さっさと用事を済ませて帰ろっと。
「依頼品の確認を頼む」
「あっ、リョウさん! すぐ行きます」
カウンターの奥から元気いっぱいの明るい声で応えてくれたのはギルドの人気受付嬢、狼獣人のミューさんだ。
担当でもあるのか、俺の時はいつもミューさんが対応してくれる。
「お待たせしました! えっと、今回の依頼は……」
「ロロイアの花と陽変草、それとルコの実の採取だ」
「はい。ロロイアの花が5本と赤い陽変草が10本、ルコの実が……22個ですね。品質の確認をしますので、少々お待ちください」
ミューさんは笑顔で頭を下げた後に、カウンターの奥へと消えて行った。
採取系の依頼は品質が大事なので、納品時に確認作業がある。
今回はちょっと数があるから時間もかかるだろうし、待ってる間に次の依頼でも見ておくかな。
依頼が貼ってある掲示板の前は冒険者でごった返している事が多いが、俺の行く所はいつも空いている。
魔物討伐や護衛の依頼が貼ってある掲示板の前には冒険者が大勢いるが、採取の所にはほとんどいない。
それだけ採取依頼は人気がないって事だ。
まぁ、お陰で食いっぱぐれる事がなくて助かるけどね。
「どれどれ……清流草10本で銀貨1枚と小銀貨5枚、白糸丸苔が20個で銀貨2枚、シャンデの葉が5枚で小銀貨5枚か……なんか聖水の材料が多く出てるな。近々何かあったっけ? 依頼主はリーディア商会かぁ。ここは金払いはいいんだけど、店主が苦手なんだよなぁ」
「あら? 誰が苦手なのかしら?」
「うおっ!? び、びっくりした……急に背後から声をかけないでくださいよ、リーディアさん」
振り返ると俺のすぐ後ろに肌の露出過剰な狐の獣人が妖艶な笑みを浮かべて立っていた。
この人こそ、リーディア商会会長のリーディアさんだ。
いつも艶っぽいというのか色っぽいというのかわからないが、この無駄に色気を振り撒く感じが俺はなんとなく苦手だ。
昔の嫌な記憶を思い出させるから。
「あら? この私に声をかけられてそんな事を言うのは貴方くらいですよ?」
「そうなんですか? それより会長自らギルドに来るなんて珍しいですね」
「話を逸らすのが下手ね。まぁ、いいわ。今日は依頼を出しに来たのよ。ついでに出していた依頼の確認もね」
確かに採取系の依頼は受けが悪くて残っている事が多い。
中には半年以上も残っている事もあるくらいだ。
だから依頼主は時々依頼の状況を確認して、残っている時は報酬を上げるか、条件を変えるかする必要がある。
でも、ツヴァイで一番の大商店の会長がわざわざする事でもないと思うけどな。
それこそ番頭くらいいるだろうに。
「あらあら……清流草と白糸丸苔の依頼が残ってるわ。困ったわね~、結構急ぎでいるんだけど」
「聖水の急な入用でもあるんですか?」
「ちょっとね~、あーぁ、誰か受けてくれないかしら~?」
チラチラこっちを見るのはやめてもらいたい。
俺は今日の仕事はもう終わったし、明日は自分の時間にする予定なんだ。
「どうかしら? 今、受けくれたら追加報酬で銀貨1枚付けるのは?」
「どうでしょうね。採取系の依頼ってなかなか受け手がいませんから」
「うーん、じゃあ、もう1枚ならどう?」
「いや、だから……」
「もうもう! じゃあ……!?」
「リーディアさん!」
しつこく言い寄ってくるリーディアさんと俺の間にミューさんが割って入ってきた。
助かったよ。
「困りますよ。依頼の強要は規則違反です」
「あら、ミューさん。それは違うわよ。私はただ依頼を受けて貰えるように報酬の検討をしていただけなんですから」
「でしたら、先ずはギルドを通してください。個別に冒険者と交渉するのも規則違反です!」
冒険者ギルドは国を越えた組織で、仕事の斡旋だけが仕事じゃない。
依頼主の依頼が合法的なものかを精査し、適性やレベルに見合った冒険者に割り振り、そして、冒険者がなるべく安全に仕事ができるようにサポートするのが仕事だ。
だから商会が直接冒険者に依頼すると非合法組織として、罰金や場合によっては商業権の取り消し、投獄まであり得る。
受けた冒険者側もギルド階級の降格や追放、もちろん投獄もある。
「もう! 相変わらず顔に似合わず厳しいんだから! そんなんじゃモテないわよ!」
「モ、モテるためにギルド職員やってるわけじゃないです! それよりリョウさん! 素材の鑑定が終わりました。報酬をお渡ししますので、こちらにどうぞ」
「お、おいっ! ミューさん、そんなに引っ張らなくても……」
「なっ!? ちょっと! まだ私との話が終わってませんわよ!」
「いてっ! ちょ、ちょっと! リーディアさんも手を掴まないで!」
腕を掴んでカウンターに引っ張って行こうとするミューさんと、掲示板側に引っ張るリーディアさん。
痛くはないけど、何でこんな状況になったんだ?
「リーディアさん、離してください! リョウさんは私と依頼の話をしてたんです」
「ミューさんこそ離しなさい! 今は私が依頼の話をしてるのよ!」
「だからそれは規則違反です!」
「交渉してるだけよ! 違反にはならないわ!」
右に左に引っ張られて綱引きの綱になった気分だが、流石にこの状態は辛い!
うっ……気持ち悪くなってきた。
「ふ、2人とも……もうやめ……て……」
「何をやっとるかぁあああっ!!」
2階の廊下からドスの利いた馬鹿でかい声が発せられ、ギルド内にいた全員がビクッとなっていた。
どうやらボスのお出ましらしい。
「これは何の騒ぎだ!?」
「ギ、ギルドマスター……」
「やばいわね……」
鼻息荒く2階から降りてくるギルドマスターに、さっきまではしゃいでいた2人もすっかり意気消沈している。
当然だ。
ここのギルドマスターは強靭なミノタウロスで元金級冒険者だ。
荒くれ者の多い冒険者ですら、ギルドマスターには逆らわないからな。
マジで怖いんだもん。
「ミュー! これは何事だっ!? 説明しろ!」
「あ、あの……これには訳が……」
「おい! リーディア! お前も逃げるなよ! 逃げたら依頼の発注停止処分にするからな!」
「ふぇっ! そ、それは困るわ……」
その後、2人から事情を聞いたギルドマスターの怒りは凄まじかった。
いやぁ、怒鳴り声だけで建物が軋むなんてあり得るんだね。
結局、俺は別のギルド職員の対応で報酬を受け取って帰っていいと言われたけど、2人はその後もこっぴどく怒られていた。
ちょっと可哀想な気もするけど、助け舟を出したら『お前が甘やかすからこいつらがっ!』って怒られるだけだから、さっさと帰ることにした。
2人とも、元気でな!