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エルフとミノタウロス②

「うわぁ……これは大変だぞ」


 いつもは人が行き交う冒険者ギルドの前に人だかりが出来ている。

 駆けつけたさっきの衛兵達も、いつでも突入出来る様に構えているけど、全員が悲壮な顔をしているあたりが、なんとも可哀想だ。

 普通の冒険者が努力で到達できるのは銀級までとされていて、金級以上は人智を超えた存在と言っても過言ではない。

 その力はまさに一騎当千、並の兵士千人分に匹敵すると言われている。

 そして、中で騒動を起こしているのは、その現役金級冒険者と元金級冒険者ってわけだ。

 そりゃ悲壮感も漂うだろう。

 それにしても、あの2人がこんな騒ぎを起こすとはね。

 何があったか知らないけど、本当に迷惑な話だよ。


「まぁ、何にしてもこういう時は関わらない方がいいし、俺には関係ないことだ。でも、依頼の報告はしないといけないからなぁ。裏口からコソッと入って、パッと済ませるか」


 解体棟の方から裏口の方へ行ってみると、そこは正面口とは違って誰もいなかった。

 解体棟の近くは臭いが結構するから、流石にここから見物しようって奴はいないみたいだ。

 よしよし、これなら騒がれずに中に入れるぞ。

 裏口の扉をソッと開けると、柱の向こうに受付カウンターの前で、問題の2人、ヴァイオレットとオルテガが互いに仁王立ちのまま睨み合っているのが見えた。


「おぉ、こわこわ……めっちゃ重苦しい雰囲気じゃん。あんなのに巻き込まれたらヤバいだろ。ミューさんは仲裁しようとしてるから対応は無理っぽいから、近くにいる別の職員に頼むか」


 2人からは死角になるカウンターの端に向かうと、2人の声が聞こえてくる。

 怒鳴ってはいないけど、2人とも低く重たい口調なのが余計に怖い。


「オルテガさん。外が大変な事になってますよ? 私の要求をさっさと飲んだ方が丸く収まるんじゃないですか?」


「それは出来ないと言っている。お前こそ、事態を収めたいのなら今すぐ引け。これはお前が関与する問題ではない」


「別に関与する気はありませんよ? ただ、所在を聞いているだけです」


「関与する気がないのであれば、聞く必要はない。お前はお前の務めを果たせ」


「私の務めですよ。金級冒険者として、下の冒険者の行いに注意する事もね」


「屁理屈はいい。とにかく、お前に教えるわけにはいかん!」


 うひゃあ、2人とも怖いねぇ。

 何があったか知らないけど、一触即発状態じゃないか。

 あの2人が戦ったら、この辺り一帯にどれだけの被害が出るかわからないぞ。

 早く報告を済ませて帰ろっと。

 ちょっと頼りなさそうだけど、近くの若い職員さんに頼んでみよ。


「……おーい、取り込み中に悪いんだけど、急ぎの依頼報告だから受付してくれないか?」


「はひっ! あっ、し、失礼しました! えっと、依頼品の納品ですね? 依頼内容は……あああっ! あ、貴方がリョウさんですかぁああ!?」


「ば、馬鹿っ! 声が大きい!」


 職員(こいつ)、何のつもりだ!?

 いきなり大声を上げやがった!

 や、やべぇ……全員の視線がこっちに集まっている気がするが、気のせいだと思いたい。

 いや、そうであってくれ!


「リョウちゃん?」


「リョウか?」


 やっぱり駄目かっ!

 完全にバレてるじゃねぇか!

 この職員は俺に恨みでもあるのかっ!?

 とにかく、この場を切り抜けないと!


「お、お構いなく、俺の事は気にしないで続きを……」


「リョウちゃぁあああああん!」


「ぶへっ!」


 い、息が……何を考えてんだ、こいつは!

 一足飛びに飛び込んできやがって!  

 押し倒されて、背中から床に叩きつけられた上に、全体重が腹にのしかかったじゃないか!

 いくらヴァイオレット自身は軽くても装備だけで10Kg(キロ)以上はあるぞ!


「リョウちゃぁあああん、無事で良かったよぉおおおおお! ねぇ、怪我はない? 痛いところはないよね?」


「い〜や、お前のおかげで絶賛全身が痛いぞ」


「ああ、よかったぁ……無事で! リョウちゃん、待っててね。私がきっちり落とし前つけてくるから!」


 は? お、落とし前?

 なんだ、その裏社会的な言葉(ワード)は?

 何をするつもりだ?


「リョウ! 良いところに来た! ヴァイオレットを止めてくれ!」


「はぁ? どういう事だよ?」


 さっきまで険しい表情を崩さなかったオルテガが、ホッとした表情で懇願してきた。

 どういう事かと聞くと、ヴァイオレットはガンテス、ヨハンの2人と一緒にとある仕事のためにツヴァイを離れていたが、予想外のアクシデントに遭い、仕事の期日に遅れそうになったため、ヴァイオレットが先行して冒険者ギルドに事情を説明しに戻ってきたそうだ。

 期日に遅れそうになって、誰かが先に報告に来る事はよくある話だが、問題はその後だ。

 冒険者ギルドに報告に来たヴァイオレットは、この前、俺が冒険者に絡まれた事をたまたま聞いてしまったらしい。

 そして『同じ冒険者が仲間を傷つけるなんて、許せない!』と怒って、そいつの居場所を教えろとオルテガに迫ったそうだ。

 普段は穏やかなヴァイオレットの凄まじい剣幕に、相手の身の危険を感じたオルテガは、それを断固拒否。

 そして、あの睨み合いに発展したらしい。

 

「いくら冒険者ギルドの顔役とはいえ、これは衛兵隊の仕事だと言うのに、言う事を聞かないのだ」


「だって、私の大事な大事なリョウちゃんに怪我させたんだよっ!? 許せないでしょ!? 絶対に許さない! もう産まれてきた事を後悔するまで殴ってやるんだから!」


 そこまで殴るのっ!?

 いくらなんでも、それはやり過ぎでしょ!

 そりゃオルテガも必死になって止めるよ!

 それにしても『大事な大事な』って、お前が心配なのは俺の飯だろうが!

 俺はあのアホがどうなろうと知った事じゃないけど、これ以上、事が大きくなったら俺まで面倒に巻き込まれそうだな。

 仕方ない、止めてみるか。


「ヴァイオレット、やめとけ。俺はもう気にしてないからさ」


「えぇええっ! ……じゃあ、生きてる事を後悔するくらい殴るならいい?」


 よくねぇよ!

 なんでとりあえず後悔するまで殴ろうとするんだよ!

 お前の基準はどうなってんだよ!?


「いやいや……ほら、俺は怪我もしてないし、そいつはクズでヴァイオレットの手を汚す価値もない奴だからさ」


「むぅ……わかった。じゃあ、後悔するまで切り刻む」


 『手を汚さないように剣で斬るからいいでしょ?』的な話じゃない!

 それにどうしても後悔はさせたいのか?

 何がこいつをそこまで駆り立てるのか……くそっ、こうなったら仕方ない。

 あの手で行くか。


「わかった。ヴァイオレットがそこまで言うなら俺はもう止めないよ」


「お、おい……リョウ!?」


「さすがリョウちゃん、わかってくれたんだね! よぉし、ギッタギタのメッタメタのボッコボコにしてやるんだから!」


 物騒、物騒だ……この子は本当に顔に似合わず物騒だ。

 扉に向かう背中からは命を賭して戦場に向かう戦士の雰囲気がしているよ。

 だが、果たしてこれに耐えられるかな?


「ところで、オルテガ。一緒に昼飯でも食わないか?」


 俺のいきなりの提案にキョトンとした表情のオルテガ。

 頼むから、うまく乗ってくれよ。


「昼飯だと? 今はそんな場合じゃ……」


「今日はうどんと天ぷらの気分なんだ。オルテガにはいつも世話になってるから、たまにはご馳走してやるよ。ヴァイオレットは忙しいみたいだから、2人で食おうぜ」


「なに? ……あぁ、なるほど! そうかそうか! いやいや、リョウの飯が食えるなら有難く頂戴するぞ!」


 おっ、外に出ようとしたヴァイオレットの動きがピタッと止まった。

 さすがはギルドマスター、俺の意図が読めたようだな。

 さぁ、畳み掛けるぞ!


「うどんってのは麺なんだけど、パスタとは全く違うものでな。歯を押し返す程の弾力と、もっちりとした食感、それを俺特製のつゆを付けて食べると最高に美味いんだ。それに野菜や魚に衣を付けて、たっぷりの油で揚げて、サクサクっと食べる天ぷらも美味いぞ」


「そ、それは本当な美味そうだな……よしっ! ギルドの調理場を貸してやる! そこで一緒に美味い昼飯を食べようではないかっ!」


「おおっ! じゃあ行こうぜ! いやぁ~、ヴァイオレットは残念だったなあ。でも、仕方ないよなぁ~」


「あうぅ……」


 背越しにプルプルと震えるヴァイオレットを放っておいて、オルテガと一緒に調理場に向かおうとすると、ヴァイオレットが情けない声を上げた。

 やはり耐えられなかったか。


「うわぁああああ! リョウちゃんのバカぁああ! 置いてかないでぇええ! 私も食べるよぉおおおお!」


 半泣き状態で後を追いかけてくるヴァイオレット。

 ふっ、勝ったな。

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