エルフとミノタウロス①
「うどんが食べたい」
木々の隙間から見えた細い雲を見て、口から出た言葉がそれだった。
空を見て思う事がうどんとは、我ながら食い意地が張っているとは思うが、正直なのは良い事だ。
口の中はすっかりうどんになっているし、食いたい時に食うのが俺の信条だ。
「そうと決まれば、早く依頼を終わらせて帰ろう。【鑑定】」
木々が生い茂る森のあちこちにウインドウが立ちあがり、素材名が表示されていく。
知識と経験で探している人には幾分申し訳なさもあるが、生活のためだから勘弁してくれ。
さて、目当ての物は……あった!
あんな長く伸びた雑草の中にあるのかよ。
こんなん見つけるのが困難とかってレベルじゃないぞ。
しかも、周りの雑草が笹の葉みたいに下手に触れたら切れるじゃないか。
慎重にやらないと怪我するな。
ゆっくり、ゆっくりと掻き分けて……おっ、見つけた!
星精花。
高級回復薬の材料で、この小さな花弁1枚で小銀貨3枚、葉や根っこまである完品なら銀貨2枚になる高級素材だ。
つまり、これ1本で1日分の稼ぎになるってわけだ!
「今日はこれで仕事終わりだ! さっさと納品して、うどんを食べよっと! あっ、待てよ。どうせなら天ぷらも揚げるか。天ぷらうどんとか最高じゃん! 具材は何にするかなぁ?」
うどんで天ぷらと言えば、野菜ならさつまいも、かぼちゃ、茄子かな?
市に行けば多分あるはずだ。
問題は魚だ。
鱚の天ぷらが好きなんだけど、この海にはいないだろうしなぁ。
穴子とか鱧も美味いんだけど、大通りの魚屋に行っても、あるのはせいぜい海老が良いところだろうなぁ。
肉は……今日はいいや。
かしわ天も好きだけど、最近肉が続いたから、今日はパスしよ。
とか、色々考え込んでいたらいつ間にか森の端まで来ていた。
今日は比較的、近いところで探してたからいつの間にか森を抜けて、城門が見えるところまで来ていたらしい。
ありゃ、入門審査のところに結構な列が出来てるぞ。
やけに荷馬車が多いみたいだし、なんかあったっけ?
あっ! そうか、もうすぐ大市の時期か。
だから、いつもより商人が多いんだな。
腹は減ってるけど、しょうがない。
並ぶか。
それにしても多いなぁ。
10台以上が並んでるじゃないか。
イライラするなぁ、こっちは腹が減ってるってるのに!
「あの、すいません。ツヴァイの冒険者の方ですか?」
「ぁあ?」
「あっ……す、すいません……」
しまった。
腹が減ってイラついてたから、せっかく前の人が声をかけてくれた人に不機嫌な声をあげてしまった。
大人気ないにも程があるわ。
「いや、失礼しました。少し考え事をしていたもので。何かありましたか?」
「そ、それは失礼を。いえ、私はゼクスから参りました行商人のアードルフと申します」
「ゼクス? それはまた遠いところから」
ゼクスといえば、ツヴァイから馬車でも一ヶ月以上かかる都市のはずだ。
見たところ御者だけで護衛はいないようだけど、よくここまで来れたもんだ。
「ええ、ドライまで行商隊に参加してたんですけど、ツヴァイで大市があると聞きましてね。珍しい海産物とか仕入れて帰ろうかと考えたんです」
「ああ、なるほど。ゼクスは山の方でしたね」
「はい。干物でもかなり喜ばれますので、是非とも良い物を仕入れたいのですが、よろしければ良い仕入れ先があれば教えていただけないかと……」
と、言いつつ俺の手に銀貨を1枚握らせてくるアードルフ。
抜け目ないなぁ。
しかし、これは誰も見てない臨時収入だし、ありがたく頂戴しよう。
「海産物の仕入れなら普通は大通りの商店や問屋でしょうけど、海沿いの漁師街に行けばもっと良い物が手に入りますよ。燻製や干物、塩漬けなんかもありますし、まとめて買うと言えば、格段に安く買えると思います」
「おおっ、それはありがたい! ですが、急に行っても大丈夫でしょうか? その漁師の方って……」
荒くれ者のイメージがあるわけね。
そういや、俺も初めて海苔代わりの藻巣蟹の巣を買いに行った時はビビったもんなぁ。
『あぁ? 何でそんなもんがいるんだよ!?』とかって言われたっけ。
でも、商売相手とわかったら基本的に乱暴な事はしない。
「酷く買い叩いたりしなければ大丈夫ですよ」
「そうですか。わかりました。貴重な情報をありがとうございます」
そう言うとアードルフは一礼してから馬車に戻っていった。
話している間に結構進んでいたようで、次の次がアードルフの番になってる。
いい時間潰しができた。
おまけに臨時収入まで、くくくっ。
そうだ、どうせなら俺も漁師街で魚を買おっと。
もしかしたら良い出物があるかもしれないし、鱈があったら、ちくわでも作ってちくわ天にしよう!
「いっそ、海鮮天ぷらにするか。イカやタコ、鰯とかあったらいいなぁ。あっ! でも、こっちだと名前が違うかもしれないぞ。鰈も右盾魚だったしな。うーん、とりあえずある魚を全部見せてもらって……」
「おいっ! 次の者、早く来い!」
「ん? げっ! 俺の番かっ!? す、すいません!」
いつの間にか前にいたアードルフの馬車は無く、衛兵が不機嫌な顔でこっちを見ている。
慌てて、俺は衛兵のところに駆け寄った。
「今日は人が多いんだ。ボケっとするな!」
「す、すいません」
「まぁいい。銅級冒険者のリョウだな。入門を許可……」
「おーい! 手の空いてる者は冒険者ギルドに急行してくれ!」
急に街の方が慌ただしくなって、衛兵が血相を変えて飛び込んできた。
なんかあったのかな?
「何事だっ!?」
「冒険者ギルドで冒険者と職員が言い合いになってるんだ! 至急応援を頼む!」
なんだ、それぐらいよくある事じゃないか。
馬鹿な冒険者が報酬の件で職員と揉めたりするんだよ。
しょうもない奴等だ。
「それぐらいで騒ぐな。屯所にいる2、3人を連れて行け!」
「足りねぇよ! 揉めてるのは金級冒険者のヴァイオレットとギルドマスターのオルテガだぞ!」
「な、なにぃいいいいい! に、二個分隊、いや! 一個小隊……手の空いてる者を全員向かわせろ!」
衛兵の緊迫した声が事態の大きさを物語っている。
状況は最悪だな。
それにしても……何をやってんだ、あいつらは。
 




