バードマン③
「それにしても、つまらない男にやられたものだ。お前が本気になれば、あんな男を黙らせるくらいは容易かっただろう」
ハウデルが呆れたように溜息を吐いた。
こいつにはバレてるから仕方ないが、人の多いところではあまり言って欲しくない話だ。
俺は目立ちたくないんだから。
「俺に戦いなんて出来ない。だから、採取依頼しかしてないんだぞ」
「そんな話が通用すると思っているのか? お前が豚鬼程度ならソロでも狩れる実力がある事くらい、少し考えれば誰でも気がつく事だぞ」
こいつ!? 余計な事をベラベラと!
静まり返っていた店内が一瞬、騒ついたじゃないかっ!
豚鬼は身の丈3mはある筋肉隆々の魔物で、銅級冒険者がソロで倒せるような魔物じゃない。
それを俺が倒せると聞いたら、周りの奴等が動揺するのも当然じゃないかっ!
と、とにかく誤魔化さないと!
「ハウデル。もう酔ってるのか? デタラメ言うな」
「隠しても、いつかはバレる事だ」
「……どういう意味だよ?」
「採取依頼はそう簡単な仕事ではないって事だ」
こいつは何の話をしているんだ?
全く話が見えてこないぞ。
本当に酔っているのか?
「自覚がないってことは恐ろしいな。本当にひ弱な奴が採取依頼をポンポンこなせると思っているのか?」
「なに?」
「魔物が彷徨くドゥーエ草原に咲くロロイアの花、霧深い山中の清らかな湧水の側にしか生えない清流草、険しい洞窟の奥にある地底湖にしかない白糸丸苔。これらを無傷で採ってくる奴が弱いと、誰が思う? 冒険者とて、そこまで馬鹿じゃないぞ」
こ、こいつ……マジで余計な事をベラベラ喋りやがって!
周りの奴等が聞いてるんだぞ!
『あいつ、本当は強いのか?』
『仲間に誘ってみるか?』
ほら見ろ! 周りの冒険者共がヒソヒソと言ってるのが聞こえるんだよ!
俺のスローライフを潰す気かっ!?
「いくら戦闘技能が皆無とはいえ、お前の身体機能なら殴るだけで、此処にいる奴等くらいは簡単に倒せるだろう」
『なんだと!? なめてんのかっ!』
『やっちまおうか?』
ぬぉおおおおお! 聞こえるぞ!
殺気のこもった物騒の言葉がっ!
こいつ、何を煽ってくれてんだよ!
これ以上はヤバい。
もう、こうなったらこいつの口を塞ぐしか無い!
店主、早くその肉の腸詰を持って来い!
ねじ込んでやる!
「とは言っても、お前に手を出す馬鹿はいないだろうがな。あの馬鹿も牢から出たら大変だろう。店主、同じ物を」
「もう黙……えっ? 何が?」
熱々の肉の腸詰をハウデルの口にねじ込もうとしていた俺の手が止まった。
あの馬鹿がそのせいで牢から出せない?
そう言えば、あの時『お前の身のため』とか言ってたな。
「前にオルテガと話していた時にお前の話になってな。堅実な仕事をしてくれると大層気に入っているらしい。だから、お前にちょっかい出す輩は許さんと言っていたぞ」
「ギルドマスターが? まさか、そこまで……」
「採取依頼を受けてくれる者は貴重だからな。それにガンテスやヴァイオレットもお前の友人だろ? あいつらは仲間を傷つける奴は容赦しないからな」
それはわかる。
食い意地の張ってるあいつらの事だ。
俺が怪我をして飯が食えなくなったなんて聞いたら、相手に何をするかわからない。
「解体職人達もそうだ。お前、この前大層な素材を持ち込んだそうじゃないか。久しぶりの大仕事って、解体職人達もかなり喜んでいたと聞いたぞ? そのお前に手を出したら、あいつらはどうするかな?」
あの職人達も気が短いし、荒いからなぁ。
下手したら解体されるぞ。
「さらにリーディア商会だ。この沿岸都市ツヴァイ最大手の商会の依頼をお前は受けている。もし、お前に怪我をさせて依頼が滞ったりしたら、リーディア会長は何をするやら……」
リーディアさんも時々大人気ない事するよなぁ。
『貴方のような野蛮人に売る物はありません!』ぐらいは言いそうだ。
「つまり、お前に危害を加える奴はもうツヴァイでは生きていけないってわけだ。皮肉な話だが、お前が嫌われる原因である採取依頼が、お前を助ける理由にもなるわけだ」
「俺はそんな風に考えた事はない。ただ、採取依頼が安定して収入を得られるからやってるだけだ」
「お前の理由は何でもいい。そういう状況だとわかる事が重要なんだ」
わかる事が重要、ってなんだ?
全然意味がわからないぞ。
相変わらず何を考えてるのか、よくわからない奴だな。
「まぁ、お前はお前のままでいいって事だ。あの男もしばらく牢からは出られないだろう。出たとしても、ツヴァイは追放だ」
「それは、ちょっと厳しすぎないか?」
「問題無い。実績もなく、未遂でも盗みを働いて、お前に暴行するような奴は此処にいる連中よりタチが悪い。これ以上、余計な仕事を増やされては敵わんからな。俺の権限で飛ばす」
こいつ、マジで酔ってんのか?
たかが、喧嘩で街を追放ってかなり厳しいぞ。
そんなに縛りつけたら、冒険者達が嫌がって別の街に行っちゃうんじゃないか?
「さて、そろそろ俺は行く。まだ仕事中だからな。店主、俺の分はここに置くぞ。じゃあな」
「うぇっ!? おい、ちょっと待……行きやがった。何なんだよ、あいつは」
ハウデルが颯爽と店を出て行ってしまい、俺は数枚の金と冷めた肉の腸詰共にとり残された。
マジで勝手すぎないか?
それにこんな荒くれ者ばかりの店に俺だけ残されたら、また変な輩に絡まれるんじゃ……ん? 妙だな。
ハウデルがいなくなったのに、まだ店内は静かなままだ。
どうかしたのか?
「あ、あの……お客さん」
店主が額に汗をかき、薄ら笑いを浮かべてきた。
なんか気持ち悪い。
「なんだ?」
「その、失礼でなければ、こちらはサービスさせていただきますので、どうぞ」
「サービスって、これは栗丸猪のステーキじゃないか? こんな高いものをいいのか?」
「へへへっ、まぁ、これぐらいは……では、私はこれで」
気味の悪さとステーキを残して、店主はカウンターの奥に消えていった。
本当にいいのかな?
栗丸猪は特定の栗の実しか食べない猪で、クセが少なくて上質な赤身が特徴の高級品だ。
この量だと小銀貨数枚くらいはするはずだけど、何のつもりだ?
それに周りの奴等も不自然なくらい静かだし……俺が見渡すとサッと視線を外しやがる?
「あっ、そういう事か」
俺はようやくハウデルの意図がわかった。
採取依頼ばかりしてる俺は、此処にいる連中と似たような奴等にもよく絡まれる事がある。
だから、今回の件を利用して俺が変な輩に絡まれないように、こいつらに釘を刺しに来たんだ。
ツヴァイにいられなくなるとまで言われたら、軽い気持ちで手を出す気はなくなるだろうからな。
ったく! それならそうと言えばいいのに!
それに大袈裟に言い過ぎだ!
「……あの堅物め」
俺は残ったエールと料理を一気に平らげ、代金をカウンターに置いてから足早に店を出た。
早く家に帰って2人分の飯を準備しないといけないからな。
衛兵隊長に賄賂を渡す事は犯罪だが、親しい友人に手料理を振る舞うくらいは問題ないだろう。
あいつの好きな料理は知っている。
なんせ、長い付き合いだからな!
俺は口角が少し上がっているのに悔しい気持ちを感じつつ、【跳躍】で家へと飛んだ。




