バードマン②
階段の上の部屋ではハウデルが羽根を伸ばして待っていた。
こちらを睨むような目つきをしているが、これがいつもの顔だから仕方ない。
むしろ、笑っていたらゾッとする。
「お前の荷物だ。業務上、確認させてもらったが、何もとってないから安心しろ。と、言っても何も入ってなかったがな。用事の後だったか?」
机の上に置かれた自分の鞄を確認して、スッと肩に通す。
空なのは当然だ。
大事な物は盗られない様に【収納】に入れてあって、この鞄はカモフラージュで持っているに過ぎない。
他人は醜く、狡賢くて残酷だからな。
弱ってる相手から更に物を巻き上げるくらいはやりかねないんだ。
「世話になってない。じゃあな」
ハウデルに背を向けて、俺は扉に手をかけた。
今日は気分が悪い。
此処を出て、人気のない場所で【跳躍】してさっさと家に帰ろう。
久しぶりに凹んだからか、妙に身体が重い気がする。
「待て。世話になってなくとも、このまま帰すわけにはいかん」
グイッと肩を後ろに引かれる。
触れないで欲しい。
ぶん殴ってしまいそうになる。
……そんな力はないけど。
「ちょっと付き合え」
ハウデルが俺を押し退けて前を歩いて行く。
なんて勝手なやつだ。
だけど、鷲のバードマンであるハウデルから逃げるのは無理だし、【跳躍】を見られでもしたら面倒だ。
それに家に押しかけられたら困る。
仕方ない、気乗りしないけど、ついて行くか。
衛兵の詰所を出ると、ハウデルは既に大通りの方に向かっていた。
ついて来いと言うくせに、待つ気はないのがハウデルらしいと言えばらしい。
足早に追いかけて、ハウデルの横に並んだ。
「どこに行くつもりだ?」
「すぐそこだ」
こちらを見ずに無愛想な返事しか返さないのも、いつもの事だ。
こいつとの付き合いはガンテス達より長いから、それくらいはわかる。
「ここだ」
案内されたのは下卑た騒がしい声が外まで響く路地裏にある汚い酒場だった。
おいおい、ここは素行の悪い冒険者達の溜まり場じゃないか。
普段なら絶対に近づかない場所だってのに、どういうつもりだ?
「何でこんな酒場に?」
「入るぞ」
ハウデルは説明しないまま扉を乱暴に開けて、ズカズカと中へ入っていった。
今は酒の気分でもないし、このままバックれてやりたい。
ハウデルの事だ、そんな事をすればすぐ家に押しかけてくるだろう。
しかも、逃さないように部下まで動員してな。
付き合いが長いってのも考えものだな。
そろそろ引っ越しを考えた方がいいかもしれない。
「これも仕方ないか……ん?」
諦めて扉に手をかけた時に、辺りが妙に静かになっている事に気づいた。
さっきまでは随分と騒がしかったはずだが、今は全くと言っていいほど音がない。
疑問に思いながら酒場に入ると、そこは奇妙な空間になっていた。
急に通夜でも始まったのかと思うほど、酒場は静まり返っている。
客層のほとんどがゴロツキのような冒険者達ばかりだが、いつもの豪快さも粗暴さも微塵も感じられない。
でかい図体で、ジョッキを片手にチビチビと飲んでいる姿は、俺と同じくらい不幸そうだ。
「おい、ここだ。さっさと座れ」
静まり返った店内で、既にカウンターに座っていたハウデルが俺を呼んだ。
よく見ると、周りの奴らがチラチラとハウデルを見ているのがわかった。
どうやら、衛兵隊長が気になって騒がないようだ。
入り口でボケっと突っ立てってるのも間抜けなので、ハウデルの横に座ったが、やはり店内は静かなままだった。
こいつ、随分と嫌われてるな。
「お前はあんまり外で飲まない方がいいんじゃないか?」
「別に気にする必要はない。こいつらが勝手に黙っているだけだ」
そう言ってハウデルが店内に睨みを効かせると、冒険者達は面白くなさそうに舌打ちをしながらも、口を閉ざしたままだった。
当然だ。
下手に絡んで投獄されたくはないだろうからな。
ハウデルはここ沿岸都市ツヴァイの衛兵隊長で、都市警備の責任者でもある。
地方警察本部の本部長と言ったところだろうか、要はそれなりに高い地位にある者で、一介の冒険者が太刀打ちできるような相手じゃない。
仮に挑めたとしても、ハウデルはあの冒険者ギルドのギルドマスター、オルテガとチームを組んでいた元金級冒険者だ。
ここにいるゴロツキ程度の冒険者達じゃ相手にならない。
それをわかっているから、こいつらも何言わないのだ。
それはそれで情けないと思うがね。
普段、ギルド職員や新人冒険者にはイキって絡んでるくせに。
「店主、エールと肉の腸詰。後は何か適当に見繕ってくれ」
「へ、へい。あの、そちら様は……」
衛兵隊長と一緒にいる俺が何者かわからないのか、無礼があってはいけないと、気を遣った店主がおずおずと尋ねてきた。
気分じゃないが、ここに来て駄々をこねるのも大人気ないよなぁ。
「俺も同じものを頼む」
「へい」
店主がカウンターからエールを2つ、俺達の前に置いた。
ハウデルはスッとジョッキを手に取ると、俺に顎で促してから一気にエールを呷った。
嫌味なほどにいい飲みっぷりだ。
「ふぅ、お前もさっさと飲め。それとも乾杯でもして欲しいのか?」
「いらないよ!」
ムカッとした気持ちを流すように俺はエールを呷った。
店主には悪いが、不味い酒だ。
ぬるくて酸っぱいのがどうにも俺の口には合わない。
でも、ここに限らず大抵の店はこのエールしか置いてないし、他にあるとすれば蜂蜜酒になる。
あれはあれで甘ったるくて、俺の口には合わないから、今はこれで我慢するしかない。
そろそろ、本格的にお酒関連をどうにかしないとなぁ。
「そんな顔で酒を飲むな。楽しく飲めよ」
楽しかった酒場をお通夜に変えた男に言われたくない。
だいたい、自分だって楽しそうじゃないじゃないか。
人の振り見て我が振り直せって言葉を……知らないか。