閑話 ポランの受難
「この魔物はこの辺りに魔石があるから、切り分ける時に傷つけないように気をつけるんやで」
ハァハァ、ゼルマの姐さんはいつ見ても素敵っすね~
どんなナイフでも巧みに操って、まるで最初から切れていたかのように素材をスパスパと捌いていく姿は最高に美しいっす!
それに顔は可愛いし、スタイルも良いし、非の打ち所がないっすね!
巨人族でも全然問題ないっす!
本当にお付き合いしたいっすよ!
「おいっ! ポラン! 何をボケっとしてやがる! さっさとそこの廃棄物を捨てて来い!」
「は、はいっ! すんませんっす! すぐに行ってきまっす!」
ちぇっ、またゴミ捨てっすよ。
ゼルマさんに憧れて、やっとツヴァイの解体職人になったってのに、毎日毎日雑用ばっかりで堪んないっすよ。
まだ洗い以外だと器具も触らせてもらってないんすよ?
おかしくないっすか?
俺は解体技術の筆記試験で満点をとった天才なんすよ?
現場上がりのしょぼいおっさん達が、エリートの俺に嫌がらせしてるんじゃないっすか?
妬まれるのも仕方ないっすけど、現実を見て欲しいっすよね。
「よぉし! みんな、休憩にするでぇ!」
「へい! ゼルマ姐さん、お疲れさんです!」
やっと休憩っすか。
それにしても、今日もまた解体棟とゴミ捨て場の往復だけで半日が終わっちゃったっす。
それにしても、周りのおっさん達の手際の悪い事といったら見てられないっすよ。
俺にやらせてくれれば、今の倍以上の早さで終わらせられるのに。
ゼルマ姐さんもきっとそう思ってるに違いないっす!
俺と姐さんなら、この国一番の解体職人コンビになれるっすよ!
それなのに嫉妬深いおっさん達が邪魔するなんて許せないっすよね!
「おっ! 新人くんもお疲れさんやで!」
「えっ! あっ! ゼ、ゼルマの姐さん、お疲れ様っす!」
「うん、今日も頑張って偉いなぁ! 頑張ってやぁ!」
「は、はいっす!」
姐さんは最高の笑顔を振り撒いて外に出ていった。
ああっ、姐さん! やっぱり俺を必要としてくれてるんすね!
俺にはわかるっすよ!
周りのおっさん達の嫌がらせにも負けず、俺に隣に立って欲しいって言ってるんすよね?
わかってるっす!
俺にはちゃんと伝わってるっすよ!
「姐さん! 俺はやるっすよ! きっと俺は……」
「おい、ポラン。ちょっと遣いに行ってきてくれや」
「姐さんの……って、えっ? お、俺っすか?」
「お前以外にいるかよ。鍛冶屋に依頼してた器具を取りに行ってきてくれ。休憩の後でいいからよ」
また雑用っすよ。
しかも、鍛冶屋って、職人街じゃないっすか。
結構距離があるっすよ。
俺は雑用係として、ここに入ったんじゃないっす!
一度ガツンと言った方がいいかもしれないっすね!
「お前、何ブツブツ言ってんだ? 大丈夫か? しっかりしろよ。今日は……」
「お兄ちゃ~ん! 久しぶりやで! さぁさぁ遠慮なく入ってや!」
な、なんすかっ!?
このめちゃくちゃテンションの高い姐さんの声は!?
普段から可愛い声してるっすけど、こんなに嬉しそうな楽しそうな声は初めて聞いたっすよ!
一緒に入ってきた男は誰っすか?
見たことない奴っすけど……
「なんだ、久しぶりにお兄ちゃんが来たか」
「お、お兄ちゃんっ!? あの人間がゼルマの姐さんのお兄さんなんすか!?」
「ぁあ? 違う違う。あいつはただの銅級冒険者だよ。大した素材を持ってくるわけでもねぇんだが、姐さんは何故かあいつの事が気に入っててな。『お兄ちゃん』って呼ぶもんだから、俺達も合わせてそう呼んでるだけだ」
「ゼ、ゼルマの姐さんのお気に入り……」
な、な、な、なんなんすかっ!?
許せないっすよ!
ゼルマの姐さんの笑顔は俺だけのもんすよ!
それをベタベタと姐さんに触れるなんて許せないっすよ!
「あん? なんだ、ミューの嬢ちゃんまで一緒か? 防臭対策もせずに入ってくるなんざ、どういうつもりだ?」
ミュ、ミューさん!?
あの受付のめっちゃ可愛い狼獣人のミューさんっすか!?
あの野郎!
俺のお気に入り一番手、二番手をはべらせるなんて、もう絶対に許せないっす!
「誰か移動型起重機持ってきてぇ!」
ゼルマ姐さんが起重機を欲しがってるっす?
起重機ってあの大物を運ぶためのやつ大型機材っすよね?
そんなに大きい素材持ってきたんすか?
「お兄ちゃんの素材で起重機? そんなもんいるのか? 今まで持ってきた一番大きい物でも川猪程度だったはずだけどな」
「川猪!? なんすか? そのショボいのは……あっ! さては姐さんの前でカッコつけようって魂胆っすね! もう我慢ならないっす! 俺が行って注意してやるっす!」
本当に自分の力を過大評価する奴っているんすよね!
こういう奴は一回みんなの前で大恥かかせてやった方がいいんすよ!
「ゼルマ姐さん! お兄ちゃんが獲ってきた素材ぐらいなら起重機はいらないっす! 俺が余裕で運ぶっすよ!」
「そう? 運べるんならええんやけど、大丈夫?」
心配してくれるんすね!
顔もスタイルも良いし、その上優しいなんて完璧っすよ!
やっぱり俺の隣に相応しいのは姐さんっすね!
あっ、ミューさんは反対側の隣が相応しいっす!
「大丈夫っすよ! さぁ、お兄ちゃん! 遠慮なく此処に出してくださいや! どんな物でも笑ったりしないっすから!」
魔法鞄?
結構、良い物持ってるじゃないっすか。
まぁ、それぐらいなら俺も持ってるっすけどね!
さぁて、軽々と運んで恥をかかせてやるっすよ!
「なら頼むよ。ほいっ!」
「勿体ぶらなくても、どうせ……ギャアアアアアアア!!」
ば、ば、ば、化け物っすぅうううう!
あっ……目の前が真っ白に……
あ、姐さん……
「よぉし! 待っててや! ツヴァイ冒険者ギルド解体班全員でやったるから、すぐに終わらせるでぇ!」
「あーあ、こいつは駄目だ。完全にノビてやがる」
「ったく、困った新人だなぁ。筆記試験で満点だかなんだか知らねぇが、力が弱すぎて使いもんになんねぇよ。雑用させて力つけさせようにも、なかなか成長しないしよ」
「鍛冶屋に頼んどいたこいつのナイフが出来たから、一応今日の昼からは解体やらせようかと思ってたんだがな。このザマじゃ、当分無理だな」
「おいっ! お兄ちゃんもミューちゃんも帰ったし、早く姐さんのとこに行かねえと一級解体が終わっちまうぜ!」
「そいつはマズい! 一級解体なんて久しぶりだからな! すぐ行くぞ!」
……俺が目覚めた時、灯りの消えた解体棟には誰もいなくて、隣の酒場からみんなの楽しそうな声が響いてきてたっす。
ひどいっす……