巨人族と狼獣人⑤
「お、お兄ちゃん! 大丈夫か!?」
倒れた俺を心配したゼルマが駆け寄って来て、我に帰ったようなミューさんの顔色は一気に青褪めていた。
「あっ……ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 私ったら、なんて事を……」
急に殴ってきたと思ったら、今度は一変して平謝りのミューさん。
何だったんだ? 今の右ストレートは。
しかし、痛かったなぁ。
カミさんに身体強化してもらって無かったらヤバかったぞ。
いくらか弱いミューさんでも、獣人は人間より力が遥かに強い種族だからな。
もし、これが俺じゃなくてヨハンだったら首の骨が折れててもおかしくない。
カミさん、ありがとう!
また今度オムライス食わしてやるからな!
「お兄ちゃん、ミューちゃんの思いっきりパンチをくらっても無事なんか?」
不思議そうな顔で俺を覗き込むゼルマ。
マズい……
このままじゃ、ひ弱な人間じゃない事がバレてしまう。
なんとか誤魔化さないと。
「い、いや……めっちゃ痛いよ! き、奇跡的に当たりどころが良かったからこれぐらいで済んでるけど……もう、めっちゃくちゃ痛いよ!」
「だ、大丈夫!? ゼルがナデナデしてあげるで!」
それは勘弁してくれ!
ゼルマにナデナデされたら、それこそ首がグワングワンになってしまう!
「だ、だ、大丈夫だ! 気持ちだけもらっておくよ! ありがとう、ゼルマ!」
「そう? 遠慮せんでええのに。それより、ミューちゃん! あかんで! お兄ちゃん殴ったら!」
「あぅ……ご、ごめんなさい」
すっかり立場が逆転したな。
ミューさんが縮こまって見える。
バツの悪そうな顔をしているけど、自分でも信じられないって顔をしてるな。
何か癪に障る事があって、突発的に手が出たみたいな感じだ。
あっ、もしかして、今からゼルマにお菓子をあげるってのに、自分には無いって言われたからか?
「俺は大丈夫だよ。それより、ミューさんもお菓子を食べていかない?」
「えっ……?」
「お菓子だよ。今から作るからちょいと帰りが遅くなるかもしれないけど、それでもいいなら。帰りは俺が送っていくからさ」
「あ、ありがとうございます! 待ちます! 全然、大丈夫です!」
パッと華やいだ顔を見せるミューさん。
やっぱりお菓子だったか。
ゼルマを子ども扱いしてるけど、ミューさんも意外と子どもだったんだなぁ。
さて、そうと決まればさっさと作るか。
「じゃあ、ちょっと待っててね」
2人を残して、早速料理にかかろう。
問題はメニューだけど、ゼルマが食べるとなると少ない量では満足できないだろうし、だからと言ってあまり時間もかけられない。
簡単でたくさん作れるお菓子となると……定番のアレしかないな。
先ずは牛乳と砂糖、卵、水、あとはラム酒でいいかな?
そして、この俺特製の白い粉。
くくくっ……こいつを作るのには苦労したぜ。
早速この白い粉を水の入った鍋に入れて煮溶かし、砂糖と牛乳を加えてから粗熱をとっておく。
次は別の器に卵を割って入れて、泡立てる様にしながらよくかき混ぜる。
泡立て器かハンドミキサーがあれば楽なんだけどなぁ……面倒だ。
そこにラム酒を少々垂らして、粗熱のとれた鍋に溶いた卵を入れて、また混ぜる。
目の粗い布で濾しながら、この寸胴鍋に入れて【調整】で冷やし固める。
うん、いい感じにできた。
仕上げに砂糖と水をフライパンで煮詰めていく。
あんまり濃いと苦くなるから、茶色くなったあたりでお湯を足すと……あっちぃ! 撥ねた! 撥ねた!
忘れてた、お湯を足したら撥ねるんだった。
ふぅふぅ、火傷しなくて良かったよ。
さて、後は熱を【調整】でじっくりとって、とろみが付いたら準備完了だ!
「おまたせ!」
寸胴鍋とフライパンを持って外に出ると、ゼルマは目を輝かせ、ミューさんは鼻をヒクヒクさせていた。
「おおおおっ! それがお菓子か!? めっちゃ大きいでぇ!」
「何ですか? この甘くて香ばしい匂いは……ああ、良い香りです!」
「お兄ちゃん! 早くその寸胴鍋を開けてよ!」
「待て待て、まだ完成じゃないんだ。こいつはこうするんだよ!」
【収納】から取り出した大皿をテーブルに置いて、その上に勢いよく寸胴鍋をひっくり返して置く!
更に寸胴鍋の底をバンッと叩いてやると、2人からは悲鳴が上がった。
「うにゃああああああああ! そ、そんな事したら、お菓子が溢れてまうでぇえええ!」
「リョ、リョウさん!?」
俺の暴挙に2人は慌てているが、構うことはない!
俺は寸胴鍋を揺らしながら持ち上げる。
すると、中から綺麗な黄色い山が現れた!
上手く外れて良かったぁあ!
あんだけ派手にやっておいて崩れたら、どうしようかと思ったよ。
「おおおおおおおっ! な、なんや、これはぁあああ!?」
「これは……プティングですか? でも、甘い匂いもするし……」
ミューさんが不思議がるのも無理もない。
この世界でプティングと言えば蒸し料理の事だからな。
冷やして固めるプリンなんか知らなくて当然だ。
「お兄ちゃん! 食べてええか!?」
「ゼルマ、ちょっと待ってくれ。最後の仕上げをするからな。それっ!」
香ばしい茶色い液体が黄色い山の天辺から裾までトロッと流れていく。
量も完璧、これで完成だ!
「さぁ、食べていいよ! 俺特性の寒天プリンだ! 腹一杯食べてくれ!」
「うぉおおおおお! めっちゃ美味しそう!」
「おっと! 直接齧りつくなよ、ゼルマ! ちゃんとスプーン使え!」
そう言われて俺の手から奪うようにスプーンを取ると、ゼルマは天辺からプリンを掬って、一気に大量のプリンを口の中に流し込んだ。
その表情は恍惚としていて、いつもより少し大人びた印象を受ける。
「美味しいぃいいいい! とっても甘くて柔らかくて美味しいよぉおおお!」
柔らかい?
寒天プリンだからプリンとしては硬い方なんだけど……まぁ、プリン自体が初めてだからわからないか。
「リョ、リョウさん! わ、私にもスプーンください!」
「あっ、ごめんごめん。はい」
半分涙目のミューさんにスプーンを渡すと、ミューさんは裾の方から掬って食べた。
口に入れた後の顔は言うまでもない。
「ふわぁああ……甘くて美味しぃいいい! こ、これって砂糖たくさん使ってませんか? いいんですか?」
「別に構わないよ。砂糖なんか飾っててもただの白い粉だし、食わなきゃ意味ないじゃん」
胡椒の時もそうだったけど、食材なんて食べてナンボだからね。
食べなかったら腐って終わるだけだし、そんなの食材に申し訳ない。
美味しい物は美味しく食べてあげるのが一番いいんだよ。
「くぅううう! 美味しい美味しい美味しい美味しい美味しい! こんなにたくさん食べれて、ゼルは幸せやでぇえええ!!」
「あああっ! ゼ、ゼルちゃん! そんなにたくさん取らないで! 私の分が減っちゃう!」
プリンの取り合いとは、平和な事だな。
しかし、この世界だとプリン一つ作るのにも苦労するんだよなぁ。
日本ならスーパー行けばプリンが売ってるし、材料だってすぐに手に入る。
でも、こっちだと寒天を作るのにも一苦労だよ。
揺刃草を探している時に偶然見つけた、この赤磯草。
これが天草と同じだと【鑑定】でわかったけど、この後が大変だった。
これを寒天にするためには、洗っては乾かして洗っては乾かしての作業を、色が抜けるまで繰り返さないといけない。
更に酢を加えてぐつぐつ煮込んで、布で濾して固めた物が、いわゆる心太だけど、俺の作業はまだまだ続く。
これを均一に凍結させた後に、今度はゆっくり天日干しで乾燥させた物が寒天となり、粉末にした物がさっきの俺特製の白い粉、粉寒天だ。
はっきり言って俺は【鑑定】や【調整】の魔法があるからいいけど、これを魔法なしで作るとしたら、はっきり言って面倒だ。
美味い物を作るってのは本当に大変だね。
「ああああっ! ミューちゃんが美味しいとこ取ったぁあああああ!」
「どこを取っても美味しいでしょ! それに量で言えばゼルちゃんの方がたくさん食べてるんだからね!」
まぁ苦労しても、こうやって喜んで食べてもらえるならいいんだけどね。
しかし、あの寸胴鍋プリン、もう半分以上無いんだけど、大丈夫なのか? 2人のお腹は?
「ぷはぁ! 美味しかったでぇえ! もうお兄ちゃん最高やぁ!」
「はぁ……甘味をこんなに味わえるなんて、とっても幸せです!」
げっ! 結局、2人で全部食べちゃったよ。
30㎏あったんだよ? あの寸胴プリン!
2人で食べ切れる量じゃないんですけど!?
……お、恐るべし、甘味への執念。