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巨人族と狼獣人④

「もう! ゼルちゃんったら! 紛らわしい事言って! ビックリしちゃったじゃない!」


「ご、ごめんって、ミューちゃん。そんな怒らんといてよ……」


 いつも笑顔のミューさんが頬を膨らませ、顔を真っ赤にして怒っている。

 ゼルマも普段と違うミューの気迫に押されて、完全に萎縮しちゃって、体格はゼルマの方が倍近く大きいはずなのに、今はそれが逆に見えるくらいだ。

 まぁ、俺もビックリしたけどね。


「いい? ゼルちゃんは冒険者ギルドの正職員なんだよ? そのゼルちゃんが、あんな誤解を招くような発言をしちゃ駄目なの! あそこは商談用の個室だったから良かったけど、これが受付とか解体棟とかで、変に街の人に聞かれて、信頼を失うような事になったら大変なんだからね!」


 そういうこと。

 冒険者ギルドは信頼が第一だ。

 もし、信頼を失えば依頼されなくなり、その結果として街の治安の悪化や、経済の停滞が起こる可能性がある。

 つまり、極論を言えば信用を失えばギルドも街も終わりって事だ。

 ゼルマのさっきの発言は、ギルド職員が身体を対価に金銭を得る行為をしていると誤解されてもおかしくない。

 だから、ミューさんは慌ててギルドを出て一番人気のないところ、つまり俺の家まで俺とゼルマを引っ張って来た。

 と言っても、ゼルマに俺の家は少し窮屈だから外に机を出して話をしているんだけどね。

 さて、そろそろ可哀想になってきたし、助け船を出すか。


「ゼルちゃん! 本当にわかってるの!?」


「あうぅ……もうしない。もうしないから……」


「まあまあ、ミューさん。ゼルマもこうやって反省しているし、もうその辺で……」


「リョウさん!」


「は、はいっ!」


 ひっ……牙を剥き出したミューさんが怖い!

 どうやら怒りの矛先をこっちに向けてしまったようだ。


「何でゼルちゃんだけそんなに甘やかすんですかっ!? 結局、あれも買ってあげてるし! ゼルちゃんばっかり!」

 

「えへへ、お兄ちゃん、ありがとうやで! ゼル、大事にするからな!」


 ゼルマは俺から見れば大剣よりも大きなナイフを胸にぎゅっと抱きしめている。

 そう、このナイフこそがゼルマがさっき言っていた『ゼルマの初めて』だったのだ。

 解体棟には様々な器具が揃っていて、当然ナイフも数種類常備されている。

 しかし、ツヴァイの解体棟には巨人族用の器具はなくて、ゼルマが使えるサイズの器具は少ない。

 それでも持ち前の技術で、ゼルマは解体をこなしてきた訳だが、数日前、ある行商人が珍しい巨人族専用のナイフをツヴァイに持ち込んできたそうだ。

 つまり、ゼルマの言っていた初めてとは、『自分専用の解体器具』の事だったわけだ。

 だけど、問題はその値段だ。

 巨人族専用器具となると、素材は多く必要となるし、買い手もそう多くはないので、とても珍しい品物となる。

 値段はなんと、大金貨1枚。

 簡単に買える値段じゃなくて、ゼルマも手が出せなかったそうだ。

 そんな時に偶然、俺が五本角熊を仕留め、買取金の扱いに困ってるのを見て、『使い道が無いなら買ってもらえるかも』と思ったらしい。

 甘やかされた末っ子みたいな感性だけど、憎めないのはやっぱり明るい性格と可愛さだろうなぁ。

 まぁ、俺には別の意図があったわけだけど。

 

「大金貨1枚ですよ? それをポンとあげちゃうなんて! それこそ変な噂が立っちゃいますよ!」


「別に俺に何のメリットも無いわけじゃないよ。買うことで俺が金を使って、大金を持っていない事は間違いなく皆んなに伝わるだろ? 俺が狙われる危険性がグッと下がるわけだ。それにゼルマは専用器具が手に入って、解体の腕が上がるだろうし、解体職人達の俺への印象も良くなる。誰も損はしてないってわけさ」


 それにゼルマ相手なら街の奴等も文句は言わないだろう。

 なんせ、ゼルマは解体職人達のアイドルだからな。

 ゼルマやゼルマの恩人に手を出したらこの街を含めた多くの解体職人全てを敵に回すことになる。

 あの強面(こわもて)の屈強なおっさん達全員に襲われたら、ガンテスだって無事には済まない。

 我ながらいい案だと思ったんだけど、ミューさんはなんか納得してないみたいだ。


「でも、だからって……ゼルちゃんばっかり優しくして……」


「なんや? ミューちゃんヤキモチ妬いとるんか?」


「そ、そ、そういうわけじゃ……っ!?」


「お兄ちゃんがゼルばっかり可愛がるからなぁ。でも、しょうがないで! お兄ちゃんはゼルのことが大好きなんやから! ねぇ、お兄ちゃん!」


 誤解を招く発言があるようだな。

 もちろん嫌いじゃないが、あくまでLOVE(好き)じゃなくて、LIKE(好き)だ。

 俺は恋をする気にはなれない。


「そ、そうなんですかっ!? リョウさんって、巨人族の女性が好みなんですかっ!?」


「いや……別にそんな話をした事は……」


「ふふん、そうやで! だってお兄ちゃん最初に会った時に『ゼルマの腕には惚れ惚れするな』って言ってたもん! お兄ちゃんはゼルの腕が大好きなんやで! だって、2回も惚れてるんやからな!」


 ……待て。

 それは『解体の腕』の事であって、『身体の腕』の話ではない。

 それに惚れ惚れってのは2回惚れるって意味でもないぞ?

 やれやれ、ゼルマの勘違いもここまで来ると大したもんだな。

 ミューさんも今の話でなんとなく察したようで、胸を撫で下ろしている。


「はぁ……本当に人騒がせな子」


「ん? どしたの? ミューちゃん?」


「何でもない! それより、そろそろ帰らないと暗くなったら危ないよ、ゼルちゃん」


「本当だ。もう陽が落ちかけている。今なら暗くなる前にツヴァイに着くからだろうから、急いだ方がいいよ」

 

 これで騒がしかった一日がやっと終わると思ったが、どうやらそうはいかないらしい。

 ゼルはさっきまでの満面の笑みを消して、明らかに不機嫌そうな顔になった。


「えぇえええええっ! ゼル、お兄ちゃんのお菓子が食べたい!」


 お、お菓子?

 そういえば昔、解体を教わってた時に御礼に手作りのクッキーやら、ケーキやらあげた事があったっけ。

 解体前にお菓子がどうとか言ってたし、それが目当てか?


「ゼルちゃん。我儘言わないで」


「大丈夫やで! ゼルはこの山に棲む獣には負けないもん」


 だろうな。

 負けないどころか、むしろ向こうが逃げるだろう。

 ゼルマが本気で暴れ出したら、街の警備隊を総動員しても止められるかどうか怪しいからな。


「お兄ちゃん! ゼルはお菓子が食べたい! ゼルは今日、解体頑張ったでしょ!?」


「それはそうだけど、解体は仕事だろ? 解体費用はちゃんと払ってるんだから、それは……うっ!」


「お兄ちゃん……」


 そ、そんな純粋無垢できらきらした瞳でおねだりなんて……卑怯過ぎるだろ。

 俺は昔っから子どもには弱いんだよ……これは俺の負けだな。


「ハァ、わかったよ。何か作ってくるから、ここで待ってて」


「わぁーい! お兄ちゃん、大好きやで!」


「リョ、リョウさん!?」


「そういうわけだから、ミューさんは先に帰っててください。安全のため、ゼルマは俺が送るからさ。俺なら獣のいない場所も大体わかるし、安全に送り届けられるから」


 これは嘘だけどね。

 【鑑定】を使えばどの辺りに何がいるかは大体わかるし、ここから麓までの道には獣避けの罠がいくつか仕掛けてある。

 それさえ辿って行けば、余程の事がない限り問題はない。

 

「だから、ミューさんは……いっ!?」


「ま、また……そうやってゼルちゃんばっかりっ!」


「えっ!? あ、あの……ミューさん?」


「リョウさんの馬鹿ぁあああああ!」


「あ痛ぁあああああああああっ!」


 何故かさっきよりも怒ったミューさんからの渾身の右ストレートが炸裂して、俺はぶっ飛んだ。

 な、なんで!?  俺、なんか悪い事した!?

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