巨人族と狼獣人③
「お疲れさんです。お兄ちゃん」
「元気やったか? お兄ちゃん」
「お兄ちゃん、もうちょっと顔出してくださいや」
ひぃいいいいい!
怖い怖い怖い怖い怖い怖いっ!
顔の厳ついおっさん達にガン飛ばされながら『お兄ちゃん』と呼ばれるのが怖過ぎる!
『ワレ、調子乗っとったらいてまうぞ、こらぁ!』って幻聴が聴こえてくるよぅ!
「あはははっ! お兄ちゃん、みんなにも大人気やなぁ! みんなもああ言ってるんやからもっと顔出してええんやでぇ!」
違う違う違う違う違う!
あれはゼルマが『お兄ちゃん』って俺を呼ぶからそれに合わせてるだけで、内心ではそう思ってないから!
ぅおおお……すんごいアウェイ感……
「そ、それよりリョウさん。は、早く依頼品を出してくださいませんか……?」
ミューさんが必死に鼻を押さえて涙目になっている。
解体棟内の臭いは俺でもキツいくらいだから、狼獣人のミューさんにはかなりキツいだろうな。
だから、もういいってに言ったのに。
「ミューちゃん、無理せんでええんやでぇ? ゼルがちゃんと査定しとくから」
「あ、ありがとう……ゼルちゃん。でも、一級解体依頼は私も確認しておかないといけないから……」
ああ、一応確認がいるのか。
だったら早く出さないといけないな。
「ゼルマ、獲物はどこに出せばいい?」
「此処でええよ! あっ、誰か移動型起重機持ってきてぇ!」
ゼルマの呼びかけに厳ついおっさん達は困惑したような顔をしている。
起重機ってのは要はクレーンの事だ。
重たい素材を運ぶ時に使うんだけど、俺が今まで持ち込んだ獲物が小物ばっかりだったから、何のために必要かわかってないんだろうな。
「ゼルマ姐さん! お兄ちゃんが獲ってきた獲物ぐらいなら起重機はいらないっす! 俺が余裕で運ぶっすよ!」
奥の方から急に若い職人が出てきて、俺にガン飛ばしながらやたらと威勢のいい事言ってきた。
ゼルマの方もチラチラ見てるし、良いところを見せたいのかもしれないけど、若いなぁ。
「そう? 運べるんならええんやけど、大丈夫?」
「大丈夫っすよ! さぁ、お兄ちゃん! 遠慮なく此処に出してくださいや! どんな物でも笑ったりしないっすから!」
挑戦的だな。
別にいいけどね。
「なら頼むよ。ほいっ」
「勿体ぶらなくても、どうせ……ギャアアアアアアア!!」
さっきまでの威勢はどこにいったのか、若い職人は目の前に出された魔物に腰を抜かしてしまった。
本当に若く、そして青いな。
「こ、こいつは五本角熊じゃねぇか!?」
「マジかよっ!? 一級解体かっ!? いつぶりだよ、おいっ!?」
「おいっ! 一級解体だ! 全員、今やってる作業止めろ! 全員でやるぞ! あと移動型起重機持ってこい!」
「うっしゃあああ! 腕が鳴るぜ! お兄ちゃん! あんた最高だぜ!」
急に扱いが変わったな。
職人達の活気が凄い凄い。
「お兄ちゃん! ホンマに凄いでぇ! めっちゃ綺麗な状態やん! 一撃で倒したんかっ!?」
「いや、くくり罠を仕掛けてたらこいつが掛かってたんだよ。俺はトドメを刺しただけ」
「それでも凄いで! よぉし! 待っててや! ツヴァイ冒険者ギルド解体班全員でやったるから、すぐに終わらせるでぇ!」
そう言うとゼルマは起重機に吊られた魔物と一緒に作業場へと行ってしまった。
残ったのは俺とミューさん、そしてさっきの失神した若い職人だけだ。
うん、こいつはほっとこう。
ミューさんも辛そうだし、俺達はギルドの受付で待つ事にした。
それから待つ事、2時間。
スッキリした顔のゼルマがやって来て、俺とミューさんと商談用の個室で話をする事になった。
「はぁあああああ! ホンマに楽しかったでぇ! みんなも久しぶりに骨のある仕事させてもらったって喜んどったよ! ありがとうな、お兄ちゃん!」
俺は依頼する立場なんだから、感謝されるってのは少し変な気分だな。
まぁ、ゼルマがとびっきりの笑顔を見せてくれるなら持ち込んだ甲斐はあったな。
「それでリョウさん。今回の買取金の件なんですが、やっぱり少し大きくなりそうです」
「やっぱりか? うーん、困ったなぁ」
なるべく目立ちたくない俺としては大金を持っているという噂は困る。
しかし、今のゼルマを見ればわかるけど、テンションの上がった解体職人達は俺が持ち込んだ獲物の事を今夜の酒の肴にするだろう。
そうなったら俺が金を持っているという噂が広まるのは想像に難くない。
どうしたもんかな?
「どのくらいになりそう? あっ、肉は引き取るからね」
「肉以外だと今回の買取は魔石一個、牙が二本、角が五本。あとは皮ですね。それら全て買取り、そこから解体費用を差し引くと……ちょうど大金貨1枚になります」
大金貨1枚っ!?
つまり100万円かよ!?
参ったなぁ、ついに大台突破だよ。
「困ったなぁ」
「報酬が多くて困る方は珍しいですけどね。こうなったらツヴァイに家を借りるのはどうですか? ギルドや警備隊の詰所近くなら安全ですよ」
それは嫌だ。
生活スタイルを変えるのは面倒だし、賃貸物件は料理するのにも気を遣う。
それにあんな森の中に住んでても人が来るんだ。
街なんかに住んだらどうなるかわかったもんじゃないよ。
でも、何かに使ってしまったというのはアリだな。
「お兄ちゃん、お金の使い道で困ってるんか? だったらお願いがあるんだけど」
「ゼルマ? なんかあるのか?」
「うん! ゼルの、初めてを買って!」
「……えっ? えぇええええええ!!」
突然の告白に、俺の思考は停止した。
ゼ、ゼルマの……
は、初めてって……ど、どういうことっ!?