巨人族と狼獣人①
困った事が起きた。
肉の在庫が減ってきたから、昨日罠を仕掛けておいたんだけど、こんな大物が掛かるとは思わなかった。
とりあえず【鑑定】。
五本角熊
体長300センチ、体重800キロの熊型の魔物。性格は獰猛で目につく肉は何でも食べる。頭角に一本、肩に二本、背中に二本の角が生えており、攻撃の時に使用したり、獲物を刺して運ぶ事もある。
素材部位は魔石、角、牙、皮、肉。
やっぱり魔物か。
普段獲っている獣とは違うなぁとは思ったけど、これが魔物か。
狩ったのは初めてだけど、やっぱり採れる素材が獣とは違って質が良さそうだ。
しかし、困ったぞ。
獣くらいなら【鑑定】で確認しながら、解体出来るんだけど、これだけ巨大となると俺だけでは解体ができない。
仮に出来たとしても後処理が大変になりそうだしなぁ。
そうなると冒険者ギルドに持ち込んで解体してもらうしかないんだけど、この魔物は目立ち過ぎる。
銅級冒険者が倒せる魔物はベテランでも豚鬼くらいまでだろう。
でも、こいつを倒すには少なくとも銀級冒険者くらいの実力は必要だと思う。
銅級で採取を主体にやっている俺が倒せる魔物ようなじゃない。
絶対に出所を怪しまれるだろうし、悪目立ちする事間違いない。
無自覚系のチート能力主人公ならともかく、平凡な一般人の俺には危険な代物だ。
でも、このまま捨て置くわけにも死蔵するわけにもいかない。
この熊肉を食べてみたいって欲求もあるけど、生命を奪っておきながら、俺の勝手でそれを無駄にする事など生命に対する冒涜だ。
ゲームならともかく、異世界とはいえ今は現実の世界だ。
粗末にするような真似はできない。
うーん、そうだ! ガンテスやヴァイオレットに頼んでギルドに持ち込んでもらうのはどうだ?
あの2人は金級冒険者で街の顔役だし、こいつを持ち込んでも……いや、駄目だな。
あいつらは変に俺を持ち上げようとする所がある。
下手に頼んで『この五本角熊はリョウが獲ったんだぞっ!』とギルドで言いふらされても面倒だ。
うーん、他にいいアイデアが思いつかないし、ここは正直に罠で獲れたと言うか?
ミューさんなら黙って処理してくれるし、解体部門は同じ敷地内でもギルドの建物とは別棟だから、【収納】を使って持ち込むのさえ見られなければ大丈夫だろう。
職員には冒険者の内情を漏らさない守秘義務があるし、これなら噂が広まる事もない筈だ。
「そうと決まれば【収納】に入れて、早く冒険者ギルドに持っていこう。今の時間ならそこまで混んでないだろうし」
俺はすぐに山を降りて、ツヴァイに向かった。
【跳躍】が使えれば速いんだけど、飛んだ先に誰かいたら弁解のしようがないから、飛ぶ先の状況が不透明な今は歩いていくしかない。
まぁ、少し早歩きすればギルドが混雑する時間までには到着するだろう。
それにしても、ギルドで解体を頼むのは久しぶりだ。
この世界に来たばかりの頃は獣の解体もできなかったからよく頼んでいたけど、最近は自分でする様になって解体部門の建物にも全然行ってないんだよなぁ。
解体職人のゼルマに会うのも久しぶりだ。
元気にしてるかな?
解体の仕方とか丁寧に教えてくれた恩人だけど、一ヶ月くらいは会ってないか。
せっかく行くんだし、手土産でも持っていくか。
解体費用も少しはまけてもらいたいしね。
多分あの大きさだと結構な額になるだろうなぁ。
魔物は初めて持ち込むから相場がわからないけど、銀貨3枚くらいかな?
買取り代金から引いて貰えばマイナスにはならないだろうけど、一応道中で売れそうな素材を軽く採りながら行くか。
必要がなければ【収納】でしまっておけばいいしね。
そうやって素材を集めながら歩く事、30分。
俺はツヴァイの冒険者ギルド前に辿り着いた。
中を確認しながらゆっくり入ると、予想通り人はまばらで混雑していなかった。
俺は素早くカウンターに移動して、中で仕事をしている狼獣人のミューさんに静かに声をかけた。
「……ミューさん」
「えっ? あっ、リョウさん? こんにちは! 依頼の受注ですか?」
こっそりやって来た俺を少し不思議そうに見ながらも、ミューさんは俺の様子を見ていつもより小さな声で話してくれた。
細かい気配りのできるいい職員で良かったよ。
「いや、実は罠で捕えた獲物の解体を依頼したいんだけど……ここではちょっと出せなくてね」
「そうですか……わかりました。じゃあ、このまま私と一緒に解体部門の棟まで行きましょう。私と一緒なら他の方々にも怪しまれずに行けますから」
一瞬戸惑いの表情を見せたけど、職員としての責任が勝ったのかミューさんは案内を申し出てくれた。
俺1人に行かせてもいいし、他の職員に振ってもいいのに。
「どうぞ、こちらです」
案内されてギルドの裏口から外に出ると、僅かに鉄の臭いが漂ってくるのを感じる。
これは解体棟から漏れている血の臭いだ。
なんせ解体棟内は持ち込まれた素材の解体を昼夜問わずにやっているから、棟内はもちろん、棟付近もかなり臭うため誰も近づきたがらない。
鼻の良い種族は尚更だろう。
相当辛そうだ。
「ミューさん、ここまででいいですよ」
「いえ……大丈夫です。早く行きましょう」
顔色が悪いし、無理はして欲しくない。
もうギルドを出たし、ミューさんが俺に付き合う必要もない。
戻ってもらった方がいいかな?
「あああっ! お兄ちゃんだぁああああ!」
解体棟の方から可愛らしく、そして馬鹿でかい聞き覚えのある声が聞こえてくる。
うん、元気そうで何よりだ。