カミさん②
それにカミさんの好きなアレはそう難しい料理じゃない。
材料もだいたいはいつも家に置いてある物だから、急に言われてもそう困る事はないしね。
えっと、米はもう炊いてあるからいいとして、鶏肉は何の鶏しようかな?
今、家にあるのは……
「ああ、そうそう。今日はお土産があるんだよ。いつも食べるだけじゃ悪いからね」
「お土産ですか?」
「うん。これだよ」
カミさんがテーブルの上に置いたのは子どもの拳ほど大きさしかない鳥肉だった。
しかし、こんなに小さい鳥肉は初めて見たぞ。
何の肉だ? 雀か?
「初めて見るんですけど、これって何の肉ですか?」
「美味しい鶏肉は何かって信徒に神託で聴いたらこれって言われてさ。すぐには手に入らないそうだから、ここに来る前に僕が獲ってきたんだよ。だから遠慮なく使ってくれていいよ」
なんちゅう神託を下ろしてるんだよ。
聴かれた信徒もビックリしただろうな。
それにしても、カミさんが自ら獲ってきた肉ってのは興味あるな。
【鑑定】してみるか。
【極楽天鳳の肉】
神の頂と呼ばれるタウゼンダート霊峰の天頂に住まう伝説の鳳の生肉。最高の霊薬で、人が食せば神格化し、半神半人となる。
人の定めたる価値には当てはまらない。
【鑑定】のウィンドウを見て俺の思考は完全に停止した。
最高の霊薬? 神格化? 半神半人?
教えた信徒は何か邪な事を考えてただろ!?
何を持ってこさせてんだよっ!
こんなもん使えるかっ!
俺のスローライフには絶対に必要ないもんだわ!
「あれ? どうしたの? これは使えない? だったら別の物を……」
「いやいやいやいや! 大丈夫です! えぇ……い、家にあるお肉が一番この料理に合うと思うので、それを使いますから! これは結構です!」
恐ろしい鳥肉をカミさんに返しておく。
こんなもん間違っても口にしたくないからね!
「そうかい? でも、なんだか悪いよ。そうだ! じゃあ、これは君にあげるよ。何かの時に使ってくれていいからね」
何かの時ってなんだよ!?
そんな機会は絶対に訪れないっての!
……かと言って、受け取らなかったらまた次に何を出してくるかわからないしなぁ。
ここは素直に受け取っておいて、俺の【収納】の中で死蔵しておく方がいいな。
「わ、わかりました……ありがたく頂戴します」
「うん! 本当に好きに使ってくれていいからね」
ふぅ……なんとか誤魔化せたか。
とにかく、これ以上ややこしい事にならない内にさっさと料理して食べてもらってお帰り願おう!
鶏肉はガンテスが持ってきた上朱鶏の残りがあるし、これなら問題ないだろう。
あの時、全部食べようとするのを阻止しておいて良かったよ。
あとの材料は卵と楕円葱でいいか。
よし、先ずは鶏肉を細切れにしていこう。
「ねぇ。そのまま聞いてくれていいんだけど、君はこの世界に来て良かったの?」
「えっ? いやいや、望んできたわけじゃないですよ」
「それは知ってるよ。僕が他神の戯れを真似して君を転移させたんだからね。でも、君は僕が帰りたいかと聞いたら『嫌』と答えたでしょ? それが気になってね」
まぁ、あの時は色々病んでたからね。
仕事を押し付けられたり、他人のミスを責任転嫁されたり、ボーナスが減ったり、体調を崩したり、彼女ができなかったり……とにかく嫌なことばかりだった。
転移したって最初に聞いた時はパニクったけど、『もう、あそこに行かないで済む』と思ったら、自分でもびっくりするぐらいにホッとしていた。
そう思った後は帰りたいなんて一度も思わなかったよ。
「君のいた国は文明が栄えていて、神の存在は曖昧になりながらも豊かな生活が出来ていたんだろ? それに比べて、この世界の文明は遅れているし、面倒な事や不便な事もいっぱいあると思うんだ」
……上朱鶏の細切れは終わり。
次は楕円葱をみじん切りにする。
「君は元の世界を捨て、この世界で生きていく事を選んだ。確かに僕の力で君が暮らしやすいようにはしてるけど、それでも今までの生活を全て捨てるって結構大変じゃない?」
「便利な生活が幸せとは限らないって事ですよ」
みじん切り完了。
次は丸いフライパンを熱して油を引く。
温まったら肉を投入する。
「そうなのかい?」
「俺のいた国は便利だからそれなりに1人でも生きていける国だったんですよ。でも、代わりに人と人との関わりは希薄でした。付き合いが面倒って言うのかな? それが嫌になったんです」
本当につまんない関係だった。
都合のいい時だけ寄ってきて、用が無くなったら存在していないかのように扱われる。
それなのに用が出来たら臆面もなく寄ってくるんだもん。
あの気色悪さ、思い出すと今でも寒気がする。
そのせいで俺は人付き合いが苦手になったんだ。、
おっと、肉にある程度火が通ったら、楕円葱のみじん切りも投入して、そこに塩と胡椒を少々っと。
「金か。人間の作り出した価値だけの関係しかないのは辛いね」
「ええ。だから、俺はこっちの世界で生きていこうと決めたんです。悔いはありません」
肉と葱が炒まったら、米を投入して赤唐柿のソースを入れ、ダマにならないように素早く混ぜ合わせる。
「そう。それは良かったよ。いや、君が帰りたいと言いだしたらどうしようかと思ってね。お金や権力じゃ引き止められそうもないからさ」
「はははっ、その気はないですね。たとえ野垂れ死ぬにしても、あっちよりこっちの方がマシです」
向こうで死んだら遺産とかで揉めそうだし、死んだ後までごちゃごちゃされるのは御免だよ。
「死なれるのは困るな。ソレが食べられなくなる。さっきの肉を使ってくれてたら、その心配は無くなってたんだけどね。うーん、【鑑定】の能力はあげるんじゃなかったかな?」
お、恐ろしい神っ!?
あの肉が何の効果があるかちゃんと知ってたのか!?
危ねぇ危ねぇ……油断も隙もあったもんじゃないよ。
具材が十分炒まったら皿に移しておく。
別のフライパンを熱して、卵を溶いて一度裏漉しした物を薄く焼いていく。
「まぁ、君に与えた能力があればそう簡単に死ぬ事はないだろう。寿命が近づいたらまたその時に考えるさ」
「変な考えだけは勘弁してくださいね」
半熟になった卵をフライパンの持ち手をトントン叩いて丸めていく。
出来上がった物をさっきの具材の上に乗せてっと。
「うん、善処はするよ」
「お願いしますよ。はい、出来ました」
俺が出来たてのソレをテーブルに置くと、カミさんは子どものように目を輝かせた。
本当に好きなんだな、コレが。