エルフとドワーフ①
ぐつぐつ煮える鍋から懐かしい匂いがしてきた。
うーん、何度嗅いでもこの匂いは良い!
懐かしさを感じると共に食欲を掻き立ててくる魅惑の香りとでも言おうか。
この味が見つかって本当に良かったよ。
条件に付け加えといてマジで良かった!
「そろそろいい頃合いかな? おっ、いい色になってるじゃないの! 火を止めて……って、コンロじゃないから直ぐには消えないんだったな」
未だに文明の差に戸惑う事がある。
身についた習慣ってのはなかなか抜けないもんだね。
とりあえず竈から鍋をどけておこう。
さて、あっちはどうかな?
「うん、こっちもいい感じに炊けてるな」
釜の蓋を開けるとほんのり湯気が立ち昇って、少し甘い香りがしてくる。
そういや、米に香りってあったっけ?
匂いに敏感になってるのか?
昔は炊飯器開けても香りなんか感じた事ないんだけどなぁ。
まぁいいや。
あとはだし巻きでもさっと焼くか。
こっちの卵は生じゃ食えないからね。
卵にエルムラサキの実と揺刃草を入れて、白身を切るようにして混ぜる。
特注の四角いフライパンを熱して、オブのオイルを敷いたら、さっきの卵を注いで焦げつかないようサッと巻いていくっと。
いやぁ、日本でも自炊してて良かったよ。
弁当とか惣菜ばっかり買ってる生活だったらもう詰んでたね。
さてさて、あとは漬物が上手く浸かってるといいんだけど……美味い!
塩と出汁だけのシンプルなやつだけど、十分十分!
ご飯と魚の煮付け、だし巻きに漬物、それと黄土瓜の味噌汁もどきで完成だ。
和食と言っていいかはわからないけど、見た目は完璧に和食だし、味もほぼそのまんまだから良しとしよう!
「では、いただきま~……」
「リョウちゃぁあん! 開けてぇ!」
食べようとしたタイミングで外から声がしてきた。
この綺麗なのに間伸びした独特な声はあいつしかいない!
なんてタイミングで来やがるんだよ!
俺の家に盗聴器でも仕掛けてるのか?
いや、ここにそんな文明があるわけないのはわかってるんだけどさ。
毎回毎回となると流石に疑うぞ?
「ねぇ、リョウちゃああん! 開けてよぉ~いるのはわかってるんだからぁ」
借金の取立かよっ!
俺は金なんか借りてないぞ!
死んだ両親から無闇にお金は借りちゃいけないとキツく言われて育ったんだからな!
そもそも夜間の取立は法律違反だ!
そんな法律がここには無いのはわかってるけど、言わずにはいられない!
仕方ないなぁ……
「やっと開けてくれたぁ! ありがとう! リョウちゃん!」
「ヴァイオレット……またお前か」
ドアを開けるとそこには予想通りの人物がいた。
長い金髪を三つ編みにしたスタイル抜群の美女エルフのヴァイオレット。
最初に見た時はあまりの綺麗さにポケ~っとなってしまったけど、今となっては少し鬱陶しく感じる。
それと言うのも、いつも俺が飯を食ってるとやって来るからだ!
「あれ? リョウちゃん、もしかして夕食の最中だった? ごめんねぇ~」
わざとらしく顔の前で両手を合わせて謝るフリをするヴァイオレット。
ますます鬱陶しい。
「あ~、実は私もお腹ぺこぺこなんだぁ! 何か食べさせて欲しいなぁ~って思っちゃったりして」
「最初から飯が目的のくせに白々しいぞ。もういいから入れよ。それと……隠れてないで出て来いよ。あともう1人分くらいならあるから」
「おおおっ! そうか、そうか! いやぁ、すまんな! 恩にきるぞ! リョウ!」
奥の森から全身鎧姿で髪が毛むくじゃらの男が出てきた。
やっぱりいたか。
ヴァイオレットとチームを組んでるんだからいるとは思ってたけどな。
「ガンテス。今日は負けたのか?」
「おうよ! 賭けに負けたせいで、今夜の晩飯はお預けかと思っとったが2人分余りがあるとはついとったわい! ガハハハハッ!」
「俺はついてないけどな! ったく、余りじゃなくておかわりと明日の朝飯にしようと思ってたのに……」
「まぁまぁ、リョウちゃん。拗ねないでよ。今日は手ぶらじゃないんだよ? ほらっ!」
「ん? おおおっ! 上朱鶏じゃないか! しかも2羽も!」
「そうだよ~今日たまたま仕事の途中で見つけたから狩ったの。どう? これで夕食代にならないかしら?」
なるに決まっている!
上朱鶏は弾力のあるプリップリの身と、あっさりとしながらもコクのある脂が特徴のこの辺りでは希少な高級品だ。
「これなら文句なしだ! でも、いいのか? こいつはギルドに持っていけば1羽で小銀貨5枚にはなるんだぞ?」
「いいの、いいの。私達にとってはリョウちゃんのご飯の方が価値があるんだもん」
「そういう事だ! 気にする事はないぞ!」
そこまで言われると悪い気はしないな。
「さぁ、入ってくれ。今日は魚の煮付だ」
「煮付!? また聞いた事ない料理だぁ! 楽しみ~」
「どんな料理なんだ?」
「別に大したもんじゃないよ。何て言えばいいんだろ? 出汁……はわからないよな。えっと、独自のソースを使った煮込み料理かな? ちなみに魚は右盾魚だ」
「右盾魚って海の魚? 川魚なら食べた事あるんだけど、海の魚かぁ……でも、リョウちゃんの料理なら大丈夫! 食べるよ!」
「儂はドワーフだから元々魚は滅多に食わないんだが、美味ければ何の問題もないぞ!」
そういやエルフとドワーフって森とか陸のイメージあるよな。
海の魚料理ってあんまり馴染まないのか?
どっちにしてもウチは飯屋じゃないから、今日はこれしかない。
そもそも俺の晩飯を分けてやるだけなんだから、苦手でも仕方ない。
嫌なら食べるな! ってのが我が家の家訓だったしね。
「うわぁ! めっちゃ良い香りする! 何これ、何これ!? うー、堪らないわ! どんどんお腹すいてきちゃう!」
「おおおっ、こいつは食べ応えのあるデカい魚だな! しかも、腹に十字の傷があるぞ! こいつは勇敢な戦士魚に違いない! 敬意を持って有難く食べるとしよう!」
テーブルの上に置かれた料理を見て、2人とも歓喜している。
どうやらしっかり食べるみたいだね。
エルムラサキの実
海岸に近い森に自生する花弁が紫色の花の実。
単体では塩辛いが、調味料に適している。【醤油の代用品】
揺刃草
海底に生えている海草。
剣のような形をしているが、波に揺られるほど柔らかく、上質な出汁がとれる。【昆布の代用品】
右盾魚
体の右側に両目が集まっているのが特徴の平たい魚。
淡白ながら甘味があって美味しい。【鰈の代用品】