捨てられた領主の息子
女神神殿の前にある駐馬場の馬車の中、ソイル・アンダーソンは父であり領主のロック・アンダーソンに成人の儀の心構えを諭されていた。
領主とは言うものの3000匹をゴブリンの大集団を脳筋だけの冒険者パーティーで退けた功績で領主になったのもあって領主らしい気品はない。
この辺りではかなり裕福な貴族領と言われているが、主に領主運営は母親であり剣士であり領主の娘であったサンドラ・アンダーソンの功績である。
「ソイル! 心の準備は出来たか?」
領主とは思えないような野太い声でロックが叫ぶとソイルも声を上げる。
「はい、お父様。覚悟は出来ました」
ただしソイルは母親の影響もあって多少の気品があるのがせめてもの救いである。
「いいか、ソイル。これから受ける成人の儀はお前も知っているように貴族の息子として社交界デビューともなる初めての場である」
「はい、お父様」
「どんな結果が出てもソイルは俺の息子だ。胸を張っていけ!」
「立派に成人の儀をこなし騎士になる夢を叶えるために必ずしや剣技系の天職を引いてきます」
「いい心がけだな。お前の許嫁であるヘレン嬢も来ている。絶対に他の貴族の息子どもに舐められるなよ」
「はい!」
「お兄さま、がんばです!」
ソイルを父親だけでなく妹のマリーも応援してくれる。
家族から祝福されているのがとても嬉しかった。
父であるロックと妹のマリーはそう言ってソイルを馬車から見送る。
16歳の成人の日に行われる成人の儀。
成人の儀では女神から祝福され天職を授かることになっている。
女神像へ向かう途中幼馴染で許嫁のヘレン嬢と合流。
どうやらヘレンは一人で会場となる女神像の間に直接向かわずにソイルを待っていてくれたようだ。
ヘレンは天職を授かる前から国のトップクラスの魔道具職人として有名でレジェンダリー級までとはいかないがそれに次ぐトリプルレア級魔道具を作成できる程有能である。
その実力は国王から専用のアトリエを与えられている程だ。
成人の儀では間違いなく魔道具職人の天職を授かることだろう。
自らに相応しい婚約者だと、ソイルは鼻が高い。
「ソイル様、儀式の準備は出来ましたか?」
「バッチリだ、任せてくれ」
「頼もしいお言葉。成人の儀を無事に済ませ、年が明けて春になったら……私は恋するお方と結婚ですね」
「そうだな、ヘレン」
「はい、ソイル様。今日やっと幼き頃からの念願が叶います」
ヘレンはソイルの後ろを歩き付いてくる。
騎士に任命されには通常領主が任命する場合と騎士学校を卒業するという方法があるが、貴族の息子の場合は自分の息子を任命するという形になってしまうので大抵は騎士学校ルートを取る場合が多い。
ソイルは騎士学校への入学条件の騎士の天職を得て騎士になれる夢が叶うと期待に胸を躍らせていると嫌な奴が現れた。
「ソイル! 成人の儀を終えて天職を授かったら勝負だ!」
現れたのは幼馴染のマイケル。
ソイルの家の隣の領地の領主の息子で、家柄が同格だったせいかやたらソイルの事をライバル視して邪魔ばかりしてくるいけ好かない奴だ。
「俺は成人の儀で騎士の天職を得て、ソイルは農夫の天職を得るがいい。俺の授かった天職のスキルと家宝のこの剣でお前を細切れにしてやるぜ!」
そうは言ってもマイケルが農夫になる確率は限りなく低い。
英雄の父の血筋を引き父親譲りの途轍もない腕力と剣の天才と言われた母親の剣技を伝授されたソイル。
この歳にして既に片手剣と盾のマスタリースキルを持っているソイルは剣士か騎士以外の天職になりようがない。
対するマイケルは転職の事を考えずに魔法スキルを取ってしまった。
しかも戦闘力皆無で最も使えないと言われる土魔法をだ。
これではマイケルが農夫になれるのかも怪しい。
せめて成人の儀が終わるまでマイケルにいい夢を見させてやろう。
ソイルは余裕をもって構えた。
「マイケルが騎士の天職を取ったらヤバいな。僕に勝ち目が無くなる」
「はははは! もう今から試合を辞退するのは許さないからな」
「辞退なんてしない」
そう、お前を打ちのめしてやるいい機会だからな!
でも、ただ打ちのめすだけでは面白くないな。
家宝の剣でも取り上げて、咽び泣いて詫びながら土下座でもさせてやるか。
ソイルは悪だくみを思いつく。
「試合をするのならばお互い一番大切にしているものを賭けないか?」
「いいけど、お前はなにを賭けるんだ?」
「僕は君の家宝の剣が欲しい」
「家宝の剣だって?」
一瞬で顔色を悪くするマイケル。
さすがに家宝の剣を取られたら困るみたいだ。
「こ、この剣は今日の儀式用に親父から借りた物で、俺の物じゃないし……」
「君の物じゃ無いと言っても、試合に勝てれば問題ないだろ? それとも勝てる気がしないのか?」
その言葉を聞いたマイケルは顔を真っ赤にして怒り出す。
「ふざけるな! 俺が負ける訳がないだろ! いいよ、その条件で受けてやろうじゃないか!」
「凄い自信だな」
「当たり前だ!」
マイケルの奴、罠に引っかかりやがったぜ。
これでマイケルが泣いて詫びる顔が見れる。
しめしめと。
ソイルは笑いを堪えるのに必死だった。
「もし俺が勝ったら……」
マイケルは恐る恐ると言った感じで言葉を切り出す。
「ヘレンと結婚する」
え?
ヘレンと結婚?
そういえば子どもの頃、マイケルがヘレンを好きなことは知っていた。
なかなか好きだと言い出せないマイケルを知り、嫌がらせで先に告白してヘレンの婚約者となったのがこの僕なんだから。
告白した頃はヘレンのことを好きでもなんでもなかったが、今はヘレンが婚約者であるというステータスが欠かせない僕の一部となっている。
元英雄を父に持ち騎士の天職を得るだろう僕には相応しい婚約者であるとソイルは思っている。
試合に負ける確率は低いが、万が一負けることを考えるとヘレンとの結婚を試合の報酬にする訳にはいかない。
ソイルは返答に困り果てた。
「さすがにそれは……」
ヘレンは俺の幼馴染で婚約者である。
犬や猫の子どもじゃないんだから、やるとかやらないとかするもんじゃない。
ソイルが試合を断ろうとすると、マイケルが強めの口調で主張する。
「俺は大切な家宝を賭けるんだぞ! お前も釣り合うものを賭けて貰わないと困る!」
「いや……でも……」
「負ける気しかしないのか? 今泣いて謝れば試合をせずに許してやるぞ!」
僕がいたずら心を起こしてマイケルにちょっかいを掛けたのが原因。
僕が謝ればすべて丸く収まる。
もう子どもじゃないんだから、多少の恥は受け入れるしかない。
「マイケル、僕が生意気なことを言ってすまなかっ……」
ソイルがマイケルに謝ろうと意を決し謝罪を始めた矢先、ヘレンがマイケルの前に立ちはだかる。
「ソイル様がマイケルに負けるわけありませんわ! その条件、私がのみます!」
「へ、ヘレン?」
そうして、家宝の剣とヘレンの婚約権を賭けた試合の開催が決まった。
ソイルはヘレンに聞き返す。
「自分を賭けていいのかよ?」
ヘレンに意図を問い詰めるソイル。
でもヘレンは満面の笑みを見せた。
「私の恋した人が絶対に負けるわけありません!」
「お、おう」
「恋する人に幸運を」
ヘレンはお手製の魔道具である幸運のネックレスをソイルの首に掛けた。
*
女神像の前で行われた成人の儀ではなぜかマイケルが騎士の天職を得て、ソイルが土魔法の天職を得るという最悪の事態になった。
「なんで僕が……土魔法を?」
とんでもないクズ天職を引いて呆然とするソイル。
しかも持っていた筈の片手剣と盾のマスタリースキルまで失っていた。
なぜなんだ?
理解できない。
*
天職の儀が終わった後に開催されたマイケルとの記念試合。
騎士の天職を得られなかったという最悪の事態に試合どころではないソイル。
試合では剣技のスキルを失ったことと、騎士の天職を得て調子づいたマイケルの剣撃を一つも避けることが出来ずに完敗した。
倒れて気を失う前のソイルの視界には、駆け寄るヘレンの姿が見える。
だがヘレンは倒れたソイルを通り過ぎてマイケルに駆け寄った。
その笑顔はソイルに見せたことのない幸せそうな顔で……。
ヘレン……お前の恋してる人って……。
お前はマイケルのことが好きだったんだな。
そりゃそうだ。
幼き頃にマイケルとヘレンの恋仲を裂いたいけ好かない野郎は僕だったのだ。
僕はヘレンのことを一人の女性で恋人として見たことが無い。
あくまでも僕の貴族としてのステータスを押し上げる道具としてしか見てなかった。
捨てられて当然だ。
幸せそうな二人の姿を見たのを最後に僕の意識は闇の中に落ちていく。
そして首にかかっていたネックレスの意味を悟った。
幸運のネックレスは僕ソイルが幸せになるネックレスではなくヘレンが恋人と一つになれて幸せになるネックレスだったのだ。
連載版はカクヨムにあります。
『土魔法は最強って知ってた?』