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#07 ……バァーン!

 ◇



 昔、小さいころに見た海外ドラマがある。


 数多(あまた)の屈強な男どもを手玉に取り任務をこなす凄腕の女スパイ。

 その表の顔は、若いハンサムな年下上司に恋する金髪眼鏡のポンコツ秘書。

 毎回何かしらドジをしてはハンサム上司に呆れられていた。


 そんな彼女がよくしていたシーン。

 上司の後ろ姿に向かって、手を銃のようにして相手に定め――


「……バァーン!」


 なんとなく思い出して真似してみた。


 金髪秘書が見せていた優しくも切なげな表情の意味が、今の葉月には痛いほどよくわかる気がした。


 葉月のささやかな銃声はとても小さく、夜の喧騒に溶けていく。

 遠ざかっていく雄平には、けっして聞こえることはなかった。



 ◇



 三雲葉月は今、絶望していた。


 なんと、本日二度目である。

 まだまだ短い人生ではあるが、一日に二度も絶望を味わわされるのは生まれて初めてのことだ。


 しかも、同じ相手にだ。

 つまり、神楽雄平にだ。


 ――失敗した! 完全に失敗した! アタシとしたことが、詰めが甘かった!


 うまくいってると思ってた。

 この話の流れなら、間違いなく雄平と付き合える。


 そう思ってたのに。

 確信にも近い手応えを感じていたのに。


 最後の最後、口を開いた雄平から出たセリフは――


「終電の時間、危なくない?」


 ハッとしてスマホの時計を見てみれば、確かに終電まであと五分を切ってた。

 タクシー代までは持ち合わせなかったし、雄平も現金は持ってないって。

 そういえば自販機の支払いも電子マネーを使っていた。


 おかげで二人して駅まで全力疾走の猛ダッシュ。

 なんとか間に合ったから、それは良かったんだけど。


 なので、雄平からの返事は聞けなかった。

 というか、改札で別れるときに「少し時間くれ」と言われ、頷くしか無かった。


 もう少し、あとほんと少しでいいから時間があったなら!

 もっとプッシュできたのにっ!

 そしたらきっと、サイコーのハッピーで今日を締めくくれたハズなのにっ!


 駅構内の階段を数段上がったところで、何気なく振り返えると、雄平の後ろ姿が見えた。ふと昔の海外ドラマの真似事をしてしまったけれど、それが精一杯。ぎりぎり終電に飛び乗って、なんとか事なきを得たのだった。


「はぁあああ……」


 大きなため息と共に、自分のベッドにぽふっと倒れこんだ。

 顔を枕に(うず)める。


 気持ちを切り替えよう。


 確かに最後は詰めが甘かった。

 そこは大いに反省するけれども。


 でも、今日一日を振り返れば、けっして悪い一日じゃなかったんだ。

 すっごく良いこともあったんだ。

 むしろそれが今日のメインだったと言ってもいい。


 そう。

 今日一番の大事件はなんと言っても――


 ――雄平と、キスを、した。


 それに尽きる!


 思い出すだけで、独りでに顔が火照ってくるのが自分でもわかる。

 部屋には自分一人だと分かっていても、恥ずかしすぎて顔を上げられない。

 嬉しすぎて、思わず足をパタパタとさせてしまう。

 一人だと全然我慢が利かない。

 むしろ我慢する必要もないからか、頬も緩みまくって、絶対にやけてる。


 でもでも、今日はそれだけじゃない!


 その後も、雄平ってば駅までの道が分からないアタシを心配してくれて、ちゃんと送ってくれて、その道すがらいっぱいお話もできた。

 さらには、もうひとつの大きな成果を得ることができた。

 それが――


 鞄からスマホを取り出す。


「むふふふ……」


 自然と笑みが零れてしまう。

 スマホの待ち受けには、雄平との自撮りツーショット。

 我ながらすっごくよく撮れてる。

 近年稀に見るベストショット。

 当然ながら、もうちょーお気に入り。


「えへへへ……」


 これ、お母さんに見せちゃおっかな。

 ぜったい驚くぞー。


 アタシが自ら男の人とツーショットを撮るとか、それを待ち受けにしちゃうとか、そんなこと今までしたことなかったもんね。

 その上相手が、あの雄平だなんて。

 お母さん、腰抜かしちゃうかも?


 いっつも「私の若い頃は……」なんてモテ自慢されてるんだもん。

 たまにはアタシだって少しくら…………あっ。


 ふいに思い出してしまった。

 雄平が言った「待ち受けになんてしたくないし」という一言。


 思い出したら、まさに血の気が引く思いだ。

 あのときは何とか言葉を返したが、本音を言えば一瞬目の前が真っ暗になった。


 だ、大丈夫。

 あれは、ただの照れ隠し……だと思う。たぶん。きっと。そう信じてる。


 その後も付き合おうと言ったことにも、すっごい微妙な顔されてしまったし。

 まあ、アタシのほうもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、軽ーい感じで言い出しちゃったからかもしれないけど。


 おかげで全然マジな話に捉えてもらえなかった。

 だから、あのまま帰るわけには行かなかったんだ。

 ちょうど公園があってくれてよかった。


 でも、そのおかげでさらにショックな事案も発覚してしまったのだけれども。


 雄平が、つい数ヶ月前にフラれてたなんて……。


 アレって、雄平が告ったってことかな?

 それとも、付き合ってた彼女に別れ話されたってことかな?

 どっちだろう?


 すっごい気になるんだけど、気になって気になって仕方ないんだけど、でもさすがにそこまで突っ込んで詳しくは聞けなかった。

 雄平もメチャ辛そうだったし。


 っていうか、数ヶ月経ってもいまだに気落ちしちゃってるくらい、その子にフラれたのがショックって、その子のこと、どんだけ好きだったの!


 どんな子なのか、すっごく気になる。


 キレイ系? それとも可愛い系?

 活発なタイプ? それともおとなしいタイプ?


 雄平はどんな子を好きになったの?

 どういう子が好みなんだろう?


 気になるけど、知るのも怖い気もする。


 どうする?

 雄平と同中(おなちゅう)の人に聞いてみる……とか?

 ウチのクラスにも、確か一人、雄平と同中の女子がいたハズ。

 いつメンじゃないけど、何度か絡んだことはある。

 話しかけること自体は、特に問題無い。

 もしかしたら、その辺の事情知ってたりするかも?


 ……でも、さ。

 勝手に探ったりしたら雄平は嫌がるかも……だよね。

 少なくとも、いい顔はしないよね、フツー。

 何勝手なことしてくれてんだって、怒られるかも。


 うぅぅ……。

 すっごくすっごくすっごく気になるけど、やっぱ我慢しないとダメだよね。

 いつか、雄平がちゃんと吹っ切って、昔話だと笑って話せるようになるまで。

 それまで我慢しないと……。


 そのためにも、絶対吹っ切るほうを選んでもら…………ああ、そうだ。

 さらにもう一つ、思い出してしまった。


 アタシが雄平に、嘘付いたこと。


 あのときアタシは雄平に、選択肢は二つだって言った。

 継続するか、吹っ切るか、その二つだと。


 でもホントは二つなんかじゃない。

 少なくとも選択肢はもう一つある。


 それは、フラれたその子に再度アタックする、という選択肢。


 だけど、アタシはその選択肢を、あえて外した。

 わかっていながら、わざと外したんだ。


 それを、して欲しくなかったから。


 何が「アタシだって負けてない」よ。

 何が「吹っ切らせてあげる」よ。

 ホントは雄平がそっちに行くかもしれないことが、怖かったクセに。


 ああ、すっごい罪悪感。


 もしかして、雄平はアタシのそういう醜い気持ちに気付いたんだろうか。

 だから付き合うことにOKの返事をくれなかった……とか?

 もしくは、はっきり気付いたというほどじゃないけれど、何か違和感みたいのは感じて、だから答えを保留したとか?


 いや、ないない!

 そんなことない!

 エスパーじゃないんだから、そんなことあるわけない。


 あるわけない、けど……。


 ああ、疑心暗鬼にハマっちゃいそう。


 ベッドの上で仰向けになり、スマホをかざして待ち受けを見る。

 ツーショット画像を。


 思い出す。

 キスの後、照れていた雄平を。


 思い出す。

 アタシが吹っ切らせてあげると言ったとき、驚きを見せる中にも、嬉しさも垣間見えた気がした。きっとそれは気のせいじゃない……と思う。


 だから、脈はあるハズ。

 可能性は、あるハズ。

 少なくともゼロじゃないハズ。


 ……いや、でも、まだ忘れられないから、とか言われたら……?

 そしたらアタシは、どうする?

 諦めるの?

 諦められるの?


 ……

 …………

 ………………

 ……………………無理。


 ――雄平を諦めるなんて無理っ! 絶対無理っ!


 たとえ相手がどんな子であったとしても!


 負けたくない。

 諦めたくない。


 絶対負けない。

 絶対諦めない。


 負けてなんて、諦めてなんて、あげない。


 せっかくまた出会えたんだもん。

 アタシたちが同じ高校だなんて想像もしてなかったけど。

 しかも同じクラスになれたの、まさに奇跡ってカンジだけど。


 これが、アタシと雄平の、二人の運命だって、信じたい。


 ねえ雄平?

 君は、わかってるのかな?


 何処をどう逃げ回ったのかもわからない真夜中の街なかで、行き着いた先で、君に出会えたんだよ?


 こんな偶然、そうそう無いよ。

 まるで映画や小説みたいじゃん?

 乙女心満載のアタシとしては、それだけでもう充分運命感じちゃうよ。


 それに、急なお願いもちゃんと聞いてくれて、恋人のフリもしてくれてさ。

 すっごく助かったし感謝もしてる。


 さらには駅まで送ってくれたし、いろんな話にも付き合ってくれた。


 (しま)いには、一緒に乗って家まで送ろうかとまで言ってくれてた。

 終電だっていうのに、雄平は帰りをどうするつもりだったのよ。


 駅直結のマンションだから大丈夫って言ったら、安心してくれてた。

 アタシのこと本当に心配してくれてるのがよくわかって、すごく嬉しかった。


 君は本当に、すごく頼りになって、すごく優しい人。


 もしかしたら、そんなことないって君は言うかもしれない。

 そんなの普通だって。

 そんなの自分じゃなくても、他の人だってきっとしてくれるって。


 うん。

 もしかしたら、そうかもしれないね。


 でもね?


 今日、アタシがそれを望んだとき、実際にそれをしてくれてたのは、他の誰でもない。


 君なんだよ、雄平。


 それがとても重要なことなんだよ。

 それこそが、とても大切なことなんだよ。


 だからアタシは、やっぱり付き合うなら雄平だと思った。

 ……ううん、思ってる。

 雄平と、付き合いたいと、思ってる。

 他の誰かなんて、考えられない。


 ねえ、雄平?


 少しはアタシの気持ち、気付いてくれてるかな?





ストックは以上なので、以降は不定期更新になります。ゴメンなさい。

ブクマ、いいね、評価などしながらお待ち頂けると嬉しいです。

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