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#05 名前で呼んで欲しいんだけど?

 住宅街の細い道を、ライトを付けた一台の車が徐行していく。

 それが目の前を通り過ぎるのを確認してから、端に避けていた雄平と葉月は再び歩き出した。


 聞けば葉月は、駅前のカラオケ店を出てから、ストーカー先輩をなんとか撒こうと、適当な道を選んで歩き回ったらしい。

 なので、自分の現在位置はよく分かってなく、ほとんど迷子状態なんだそうだ。


 無理もない。

 駅周辺はともかく、住宅街まで来ると区画整理などされてない昔ながらの複雑な地域だ。


 なので、家が近くということもあり、この辺りの道をよく知っている雄平が駅まで送ることになった。


 昼間ならざっと方向と目印を教えて、後は地図アプリでなんとなるかもだが、もう夜も遅いし、ついさっきまでストーカーに追われて怖い思いをしていた女の子を、一人で帰すという選択肢はさすがになかった。


 コンビニ前でのやり取りで何故か気落ちしてた葉月だが、歩きながら他愛も無い雑談を重ねるうちに、気分も持ち直してきたようだ。


 もう少しで大通りに出るところで、葉月が「あっ!」と声を上げた。


「そだ! ちょっといい?」


 そう言って、再び体をぴったり寄せ、腕を絡め、恋人繋ぎをしだす葉月。


「な、何?」

「今後のために、一応証拠作り?」

「証拠?」

「つまり、こういうこと」


 スマホをかざし、カシャッと自撮りする。


「やった! バッチリじゃん! これ、待ち受けにしといて、もしまた先輩が絡んできたら、今度はこれも見せつけてやるんだ」


 画像を見ると、自撮りに慣れているのがよく分かる。

 一発で恋人らしいツーショットがうまく撮れている。

 腕組みや恋人繋ぎもバッチリだ。


 あえて言えば雄平が笑顔でなく、少し驚いたような顔をしているが、対照的な葉月の満面の笑みと相まって、むしろ初々しいカップルの甘酸っぱさが滲み出てたりする。


 知らない人が見たら、きっとカップルにしか見えないだろう。


「……そこまでするのかよ」

「もちっ!」


 当然とばかりに、早速待ち受けにすべく、雄平から離れてスマホを操作しだす。


「あ、雄平、ライン交換しようよ。で、これ送るから、雄平も待ち受けにしてさ。おそろしよっ!」

「え? なんでオレまで」

「いいじゃん、いいじゃん。ってか、アタシだけしてたらバカみたいじゃん? こういうのは二人でするから意味あんの。ほらほらっ、スマホ出してよ」


 偽カップルの二人がすることに、いったい何の意味があるというのか。


 どうやら葉月はその画像を、あのストーカー先輩だけじゃなく、他の男子たちへの牽制、つまり虫除けにも使うつもりらしい。そして、その画像を見た男子たちが、雄平に確認しに行くことも想定しているようだ。

 雄平にも待ち受けにするよう促すのはそういうことなのだろう。


 そこまで疑り深いヤツが……まあ、いてもおかしくないかもしれない。

 実際ストーカーする輩までいたのだ。

 葉月の人気を考えれば、十分ありえるかもしれない。

 困ったものだ。


 しかし、だとすると、雄平には一つ問題があった。

 それは……。


「オレ、ライン、入れてないんだけど」

「えっ!? なんで!」

「なんでって、別にもう必要無いし」

「別にもうって、意味分かんないんだけど? でもじゃあ、家族や友達との連絡はどうすんの?」

「電話やメッセージで十分だろ。メールだってあるし。あまり友達付き合いとかも無いし。第一、そんな画像、待ち受けになんてしたくないし」


 正直、恥ずかし過ぎる。

 ホントのカップルならまだしも、もしくは葉月のように何かしらの理由があるならともかく、雄平にそれをする特段の理由はないハズだ。


 なのにそんなことして、もし親バレでもしたら、恥ずかし過ぎて今度はヒッキーにジョブチェンジしちゃうかもしれない。


 だがそれは、葉月にとっては聞き流せないモノだったらしい。


「ええっ! 『したくないし』ってひどくないっ! キスした仲じゃん! アタシたち恋人じゃん!」

「おまっ!? だからフリだろそれは!」


 思わず周囲に視線を巡らせ、誰も聞いてないと安堵してしまう雄平だった。


「むぅ。だったら……」


 少し考える素振りをする葉月。

 その姿を見て、なんとなく嫌な予感を覚える雄平である。

 リア充人、油断ならない、と。


 そんなことは露知らず、葉月は(おもむろ)に口を開いた。


「このままアタシたち、付き合っちゃおっか?」

「は? ……はぁあ?」


 さすがリア充人。

 再び予想の斜め上を限界突破してきた。


「あー、何その顔。『何言ってんだこの女、バカじゃね?』って言いたそうな顔してる!」

「………………ソンナコトナイデスヨ、ウン」

「――おいこら待てぃ。今の()は何よ!? それになんで片言? なんで目を逸らす? まさかホントに思ってたり!?」

「ソンナコトナイデスヨ」


 もしかして葉月はエスパーかもしれない。


「うっわ、嘘くさっ! また片言だし! ムカつくー! なに? そんなにアタシと付き合うのがイヤなの? もしかしてアタシ、実は雄平に嫌われてる? ……そりゃあ、さっきは承諾得ずにキスしちゃったのは悪かったかなーとか、ほんの少しは、思ったりもするけどさ」


 あ、ほんの少しなんだ。

 と、一瞬思い浮かんだツッコミは、心の中にしまっておく。


 葉月のほうも「でも仕様がないじゃんあの場合。他にどうしろと……」と一人ぶつぶつ呟いている。


「……いや別に、嫌ってるわけじゃないけど、っていうか。もしホントに嫌ってたら、こうやってわざわざ送ったりしないだろうし、そもそもコンビニで出会った時点でスルーしちゃうだろうし」


 と、少しばかり仏心を出した雄平だったが。

 そのとたん、にやりとしだす葉月である。


「ほっほぉー? つまり、アタシのことは嫌ってません、と。実はアタシのこと好きだったり? むしろキスできて嬉しかったり?」

「……お前、結構いい性格してんのな」

「いやぁ、照れちゃうなー」

「いや、褒めてねぇし」

「あははは! ……ところでさ」

「ん?」


 ほんの今まで笑ってたハズなのに、いきなり真顔になり、雄平を見上げてきた。

 何事? と思う雄平の前で、葉月が口を開く。


「そのお前っての、やめてくれないかな? なんて言うか、すっごい距離感あって、雑に扱われてるカンジ? ……がしてヤダ。雄平には、ちゃんと名前で呼んで欲しいんだけど?」

「あ、悪い。……三雲さん」


 葉月からの圧がめちゃ強い。

 口調は穏やかなのに。


 確かにさっきお前呼びしてしまったと思い返し、それで気分を害したのなら悪かったと、雄平はさっそく呼び直した。……のだが。


 でもそれで、葉月は納得しなかったようだ。


「は、づ、き」

「……は?」

「葉月。アタシの名前は葉月。知ってるよね?」

「いや、そりゃあまあ、知ってるけど、でもいきなり名前呼びって……」

「別にいいじゃん。クラスメートなんだし、キスした仲なんだし、アタシも雄平って呼ぶし。じゃあそういうことでよろしくー」


 この話はこれでお終いとばかりに一方的に打ち切られてしまった。

 だが、それでもまだ何か言おうとして口を開きかけた雄平だったが、それより先に葉月が右腕を真っ直ぐ伸ばし、言葉を続けた。


「雄平、まだ時間大丈夫? ちょっと寄ってかない?」


 葉月が指差す先にあるのは、ブランコとベンチがあるだけの小さな児童公園。

 誰もいないようで、ベンチは空いている。


「公園?」

「そ。せっかくこうやって雄平と話ができるようになったんだし、もう少し話してみたいじゃん?」

「オレは大丈夫だけど、そっちは? 駅から電車だろう?」

「終電にはまだ余裕あるよ。全然大丈夫。それに第一、さっきの返事もまだもらってないしさ」

「返事?」


 何の話だかすぐに思い至らず軽く首を傾げた雄平に対し、葉月はにっこり微笑んだ。


「そ。付き合おうよって話の、返事」



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