#04 許すまじ神楽雄平!
三雲葉月は今、絶望していた。
そうさせたのは誰あろう、神楽雄平である。
――アタシのファーストキスを、否定された!? しかも雄平本人に!
もちろんついさっきのキスのことではない。
もっとずっと前の、幼い頃のキスのことである。
雄平は完全に忘れているようだが、葉月は覚えている。
二人が幼い頃、同じ保育園に預けられていたことを。
双方、親の都合で夜間保育が可能な少し遠い保育園に預けられていた。
夜の九時や十時まで預けられる子供はかなり限られているが、二人とも平日はいつもそれくらい遅くまで預けられていたし、なので二人一緒に過ごすことも多く、親が迎えに来る前に遊び疲れて二人で寝ちゃうこともしょっちゅうだった。
そんな二人が、他の子供たちよりも遥かに仲良くなるのは当然だったかもしれない。
ある日、保育園でのお遊戯の発表会で、それは起きた。
演目が終わり、笑顔ではしゃぐ園児たちが先生たちに促されて手を繋ぎ、横一列に並ぶ。
そんな園児たちに、観客である親や園長先生たちが惜しみなく拍手を送る。
そんな中、ほぼ中央にいた二人の園児、雄平と葉月が、キスをした。
ほんの一瞬ではあったが、頬や額とかではなく、しっかりと唇に。
大人たちはみんな、それをばっちり目撃した。
当然驚きはしたものの、だがまだまだ幼い園児二人のしたことである。
特段問題にはならず、むしろ微笑ましい光景が見れたと、しばらくの間ちょくちょく話題に上がったくらいだ。
ただし、雄平の母は葉月の両親に恐縮しきりで、葉月の父は笑顔を見せつつも、頬をひくつかせていたとかいないとか。
ちなみに葉月の母は、目尻の下がりまくった顔して「尊いものが見れましたぁ~」とご満悦で、その瞬間もしっかり写真に撮っていた。
そしてそれは今なお残ってたりする。
アルバムの中にしっかりと。
それからというもの、葉月の母は事あるごとに雄平の名を出すようになった。
何か悪いことしたら「そんな悪い子は、雄平くんがお嫁さんにしてくれませんよ」と叱ったこともしばしば。もちろん葉月が小学校に上がる前の幼い頃の話ではあるが。
雄平の家とは学区が離れているため小学校は別々になり、全然会えなくなってしまったが、それでも雄平の名はたまに出てくる。
例えば、幼いながらもファッションに興味を持ち、服の組み合わせやリボンの色などにこだわり始めた時も、「あらあら、雄平くんのためのおしゃれかしら」と母にからかわれては、葉月は顔を真っ赤にしていた。
中学に上がり、初めて読者モデルしたときもそう。
行きつけの美容室でたまたま声をかけられ、興味も無かったわけではないので、一回だけのアルバイトのつもりで引き受けた。
後日、葉月が載った雑誌を見た母親からの「可愛く撮れてるじゃない。もしかしたら、雄平くんに見付けてもらえるかもね」という、何気ない一言があった。
母親はからかい半分だったし、葉月も「ガールズ雑誌なんだし、そんなことあるわけないじゃん!」と返していた。
だが、結局葉月は考えを改めて、定期的なアルバイトとして読者モデルを継続することにしたのだ。
周囲には、「流行のファッションにいち早く触れられて、その上お金も貰えるから」などと尤もらしい理由を付けているが、実のところ、母親のその言葉が一番の後押しだったりする。
余談ではあるが、その本当の理由を、葉月はバレてないと思っているが、母親にはしっかりバレていたりする。父親はあまりモデルという目立つ仕事に良い顔はしていないのだが、葉月の想いを察している母親がしっかりフォローしてくれているのだった。
そんな母親に、高校で雄平と再会できたことはまだ話してない。
言えばきっと大はしゃぎして、終いには「ぜひ連れてきなさい!」となるに決まってる。
会話すらまだろくに……、なんて白状しようものなら「何やってるの!」と呆れられ、「ならお母さんが取り持ってあげるからぜひ連れてきなさい明日にでも!」としゃしゃり出てくるに決まってる。
絶対そうなる。
ありありと目に浮かぶ。
むしろ学校まで来かねない。
そんなのマジ勘弁してほしい。
でも、もし、そんなお母さんに「雄平はアタシを覚えてなかったし、あのファーストキスも忘れてるし、しかも昔のことだとノーカンにされた」、なんて言ったらどうなるだろう?
さすがのお母さんでも、ショックを受けるだろうか?
……思えば、雄平には何度もショックを味わわされた気がする。
一番初めは……そう、高校で再会したとき。
入学初日、同じクラスになって、彼の自己紹介で名前を聞いて驚いた。
思わずまじまじと彼の顔を見てしまった。
席は離れてたから、それに気付かれてなかったと思うけど。
そして、彼に昔の面影を感じて、自分の知っている神楽雄平だと確信した。
すごく嬉しかった。
嬉しくて嬉しくて涙出そうだった。……いや、ホントに出てたかも。
でも、雄平のほうはアタシに気付いた素振りは一切見せなかった。
アタシの自己紹介にもまるで興味示さなかったし、その後何度かさりげなく挨拶してみたけど、反応は実にそっけないものだった。
――雄平は、アタシを覚えていない!?
すごいショックだった。
悲しくて悲しくて涙出そうだった。……いや、ホントに家でこっそり泣いた。
でも、保育園以来だったんだ。
仕方が無いことだと自分に何度も言い聞かせた。
いつか思い出してくれればいいな、と思ってた。
その後もずっと機会を伺っていた。
雄平に話しかける機会を。
雄平の席は窓際一番後ろ、アタシは廊下側の前から二番目。
離れているから、彼の様子を伺うにはバレずに済んで好都合だけど、話しかけるには遠すぎてなかなか難しい。
朝、雄平が教室に入ってきたタイミングでさりげなく挨拶してみるくらい。
雄平が部活とか委員会とか入れば、アタシもそこに入るのに。
でも雄平は何処にも入らない。
友達と談笑してたら、そこにさりげなく加わろうと思ってるのに、雄平はいつも一人席で寝てるか本を読んでる。
読んでる本だって。
何もファッション雑誌読めとか言わない。
でも、男の子だったら車とかバイクとか? もしくはパソコンとか?
せめて映画や旅行の雑誌なら、アタシも話しかけて会話できると思うんだ。
でも、アニメ雑誌はちょっと……。
アタシにはハードルが高過ぎる。
そんな調子であっという間に二ヶ月が過ぎていた。
そして今日。
いろいろな偶然が重なって、今までで一番のチャンスに出会えた。
しつこい先輩に後付けられて、めちゃ怖い思いしたけど、そのおかげで雄平と会えた。声をかけれた。声を聞けた。話ができた。
そして恋人のフリもしてもらえた。
フリだけど、偽物の恋人だけど、でもこれもすっごいチャンス。
だって、堂々と腕を組めちゃう。恋人繋ぎだってできちゃう。
もう、ここぞとばかりに雄平にくっついてしまった。
嬉しくて嬉しくて、顔だって自然と笑顔になっちゃう。
そんな幸せいっぱいな恋人同士(のフリ)の二人を見ても、それでも引き下がってくれなかった先輩には少し呆れたけど。
でも、そのおかげで閃いた。
閃いてしまった。
サイコーのアイデアを!
雄平とキスしたら、こんな先輩でも、さすがに引き下がってくれるかも。
雄平とキスしたら、あの日のアタシたちのファーストキスを、延いてはアタシのことを思い出してくれるかも。
まさに一石二鳥の素晴らしいアイデアだと思った。
コレしか無いと思った。
そう思ったら、もう止まらなかった。
雄平の首に腕を回した時、雄平の驚く顔を見て、もし雄平がイヤだったらどうしようとか、怒られたらどうしようとか、一瞬頭をよぎったけど。
でも、止められなかった。
だって、ずっと好きだったから。
雄平は、アタシの初恋の相手で、ファーストキスの相手で、今でも好きだから。
そして訪れたサイコーの瞬間!
それはもう!
言葉では到底語り尽くせないほど、サイコーに幸せな瞬間だった。
これで、一石二鳥のほうもうまくいけば言うことなかったんだけど。
結果は、半分成功で、半分成功しなかった。
先輩は消えたけど、雄平は思い出してくれなかった。
……しかもその後、ビッチなんて言われて、相当ショックだったけど。
でもそれに関しては、調子乗ったアタシも悪かったかなとは思ってる。
でもさ、仕方ないじゃん?
だって、雄平とのキスだったんだもん。
アタシだって、さすがにちょっと浮かれちゃってたし。ドキドキしまくってたし。
テンション高くなったのは、実は照れ隠しでもあったりするんだし。
そんなとき、明らかに照れてる雄平見たら「なんかメチャかわいいんですけど!」ってキュンときちゃって、心のなかでメチャ悶えちゃって、思わず「ご馳走さま」なんて、からかっちゃったから……。
だから、まあ、そこはおあいこかもしれない。
……ゴメンね、雄平。
そしてファーストキスの話。
そう!
アタシのことを忘れてるだけじゃなかった。
ファーストキスをしたことすらも、雄平は覚えてなかった。
もしかしたら、相手は覚えてないにしても、幼い頃にファーストキスをしたことくらいは覚えてるんじゃないかと思ってた。期待してた。でも、甘かった。
そしてトドメの――
保育園時代のキスは、ノーカン!?
これのショックが一番デカい。
ってか、デカ過ぎよ!
人の大事な大事な想い出を完全否定とか! 鬼か! 悪魔か!
許すまじ神楽雄平!
大好きだけど!
ううぅ……こうなったらもう、打ち明けてしまおうか、アタシたちのこと。
実はずっと昔にアタシたちは出会ってて、ファーストキスもしてたんだよって。
証拠の写真だってあるんだし。
アタシの家まで連れていってアルバムを見せたっていい。
お母さんだってきっと協力してくれる。
そうすれば少しは雄平も……。
いや、ダメだ。
それはもう何度も何度も考えて、むしろ悪手なんだと結論付けたハズ。
だって、もしそれを告げて、証拠写真を見せたとしても、思い出せなかったら意味は無い。覚えてないんだからと、ノーカンにされるだけ。
仮に思い出せたとしても、「昔の話じゃんそれが何?」となる可能性もある。
そんなことになったら、それこそアタシは立ち直れない自信がある。
それどころか「そんな昔の話、今更持ち出すなんて、怖いんですけど」とかドン引きされちゃったら?
想像しただけで辛過ぎて泣ける。
だからダメだ。
やっちゃいけない。
じゃあどうするか。
想い出を打ち明ける前に、恋人同士になる必要がある。
もちろんフリなんかじゃなく本物の。
それが考えに考えて導き出した結論。
アタシを好きになってもらって、アタシの気持ちも知ってもらって、ラブラブの二人になる。
それから折を見て、実はアタシたちは幼い頃に巡り合ってたんだよって告げる。
そう! これ!
これこそ、二人の恋は燃え上がるってモノじゃない?
そしたら、もしかしたら、運命を感じた二人は、キスの先にだって……いけちゃったり?
むふふふ……コ、コホン。
と、とにかく!
想い出は、恋のきっかけにするんじゃなく、恋の燃料にしてこそなのよ!
だから、まずはお付き合いするところから!
それが大事! うん!
入学してから今まで、話すきっかけさえほとんど無かった。
それが今回、偶然にもお近付きになれる絶好の機会に恵まれた。
この機会はぜひ活かして、もっともっと雄平とお近付きになりたい。
仲を深めたい。
昔見た古い映画に、こんなセリフがあった。
人は、会話を重ねることで距離を縮め、会話を失くすことで距離が離れる、と。
アタシもその通りだと思う。
だから、まずはいっぱい雄平と会話する。
今は二人っきりで、絶好のシチュエーション。
ショックなんか受けて呆けてる場合じゃないよ!
頑張らなくちゃ!
いっぱいお話して、二人の距離を縮める。
物理的じゃなく、まずは精神的な距離を。
物理的の方は、きっと後から結果としてついてくるハズだから。