#10 ……やられた
雄平は階段を降り、渡り廊下を通って隣の校舎へと足を進める。
数歩後にはクラスメートで、今日雄平と同じく日直の藤代美海が付いていく。
「失礼しまーす」
目当ての社会科準備室に入り、一通り視線を巡らせた。
そう広くはない部屋だ。
和室換算で八畳くらいだろうか。
奥に机が一つ、左右に壁一面のスチールロッカー。
後から部屋に入ってきた美海が扉を閉めた。
他に誰もいないことを確認し、雄平は肩越しに視線を向けながら口を開いた。
「正直助かった。サンキュな、みう」
「なんのこと? 先生に頼まれた面倒事を、同じ日直なのに私一人でやるのは癪だから巻き込んでやっただけよ」
「まあ、そういうことにしとく」
長い付き合いだ。
そんなわけないことを知っている。
たんに教材一つ取りに行くだけなら、わざわざ雄平に声をかけるまでもなく、美海一人でさっさと済ませてしまうだろう。学校では基本、お互い絡まないようにしているんだから、なおさらだ。
今回は、たまたまかもしれないが、雄平が困っていたのを見付けたから、わざわざ声をかけて助け舟を出してくれたのだろう。
「そんなことより、ここから例の教材を見付けなきゃ。あまり時間も無いでしょ。ゆうもさっさと探しなさい」
「りょーかい」
雄平は奥へ足を進め、まずは机の上にざっと視線を巡らせる。その限りでは目当ての教材は見付からない。引き出しは、どうやら鍵が掛けられているらしく、開けることはできなかった。
振り返ると、美海が左のスチールロッカーの前にいて、一つ一つ扉を開けながら丁寧に探している。ならばと、雄平は右のスチールロッカーへ行き、同じように探し始めた。
言葉を交わさず、ロッカーの扉の開け閉めやごそごそと探す音だけが二人の間を流れる。
そんな沈黙を破ったのは美海のほうだった。
「……ところで、あの三雲葉月に、いったい何やらかしたの?」
「やらかした、とはヒデェな。濡れ衣だと主張したい」
「さらには小林美紀に長瀬愛華。ウチのクラスの中心グループ三人組に囲まれるなんて、中学時代ならともかく、今のゆうにはありえない現象でしょ? まあ、険悪な雰囲気は感じなかったけど」
「心配してくれてんの?」
「ゆうがどうなろうと別にどうでもいい。ただ、こっちにまでとばっちりが飛んでこないかを心配してるのよ」
「冷てぇな」
「あ、あった」
振り返ると、美海がしゃがんで大きな紙袋の中を覗いていた。
「それか?」
「みたいね。……はい」
美海は紙袋を雄平に渡し、立ち上がってスカートを軽く叩いた。
「……で? 大丈夫なの?」
「んー。できれば、その……、みうに相談できれば、と」
「わかった。今夜そっち行くから。詳しく聞かせなさい」
「……助かる」
そして雄平と美海は教材の入った紙袋を持って社会科準備室を出て、以後はお互いに一言もしゃべらず、前後に一定の距離を保ちつつ、教室まで戻るのだった。
◇
日直の仕事ということで、美海が雄平を連れて行った後、取り残された三人はというと……。
三雲葉月は頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「……やられた」
「どしたの葉月?」
「うぅぅ、結局、雄平と連絡先、まだ交換してないし……」
「「マジか!」」
美紀と愛華の声が見事にハモる。
そして美紀が葉月の傍にしゃがんで口を開いた。
「三雲葉月ともあろう者が、詰めが甘かったねぇ~」
「うぅぅ、最近自分の詰めの甘さは色々痛感しているから。自分でもわかってるから。追い打ち掛けるのは勘弁してぇー」
三雲葉月、まさに心の叫びであった。
愛華も二人の傍にしゃがんで、頭を抱える葉月をツンツンしながら口を開く。
「ありゃりゃ、こりゃ重症?」
「でも、日直だったなら仕方なくね?」
「そうなんだけど、さ。でも、あの藤代さんって、ちょっとこう……」
「ん? ちょっとって何?」
「うまく言えないんだけど、なんか引っかかるというか……?」
「あれ? あれれ? それってもしかして、恋のライバル的な?」
「そういうのとはなんか違……、あ、いや、そうなのかな……?」
「なんじゃそりゃ」
「アタシもよくわかんないしうまく言えないのよ。雄平と藤代さんは同中なのは確かだけど、お互いほとんど絡んだことないって言うんだけど……」
「怪しいとか? もしかして例の神楽をフッた女というのが藤代さんだったり?」
「おお! その可能性もあるのか!」
「あるあるでしょ!」
「実はその可能性もチラッと考えた。でも、違うかなって」
「ん? なんで? 何か根拠あるん?」
「雄平は今の同じクラスの子じゃないとも言ってたし。それにさっき藤代さんに雄平を呼び出してもらったんだけど、その時も二人ともそんな素振りは見せなかったし、その後雄平にちょっとカマかけてみたんだけど、全然外したみたいだし」
「うわっ。葉月ってばそんなことしたの?」
「なにそれ策士じゃん。ヤバッ! やっぱ葉月エグいじゃん!」
「エグくない! それくらいいいじゃん! だって、やっぱ気になるんだもん!」
「まあいいけどね。ほどほどにしときなさいよ。やり過ぎると、相手ドン引きすっからね。嫌われたら元も子もないっしょ?」
「うぅぅ、わかってるよー」
「でも、じゃあ、少なくとも藤代さんはシロ?」
「……わかんない。でも、なんか引っかかるの」
「葉月の女の勘ってヤツ?」
「なのかな……? うまく言えないんだけどさ、なんていうかさ。雄平と藤代さんの間には、縮むことも広がることもない、いつも一定の間隔みたいのがあって、それを絶妙に維持しているというか。例えて言うと、紐で結ばずに、しかも距離がありながら、でもしっかり息の合った二人三脚をしてる……みたいな?」
「なんじゃそりゃ?」
「ゴメン。意味わかんないんですけど」
「うん。言ってたアタシも自分で意味わかんないや。ゴメン、忘れて」
そんな会話が昼休みの校舎の片隅でひっそりと行われていたとかいないとか。
けれども、クラスの中心グループ三人組がひっそりなんて到底無理な話で、話の内容はわからずとも、しゃがみ込んで額を寄せ合って何かひそひそ話してたなんて、実はかなり目立っていたのは言うまでもない。
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