6話 悪鬼、死す
俺の努力は実ることなく、無情にも模擬戦が行われることになった。
せっかく死ぬほど特訓してきたのに……まあ、仕方ない。
切り替えてAクラスになれるよう頑張るしかないか。
これから教師がルール説明をしてくれるらしいから、ちゃんと聞いて作戦を考えないと。
「ルールは一対一のタイマンだ。事前に教師が防御魔法を付与し、それが破壊された時点で敗北とみなす。魔法さえ使えば基本なんでもありだが、殺しは無しだ。怪我は医療班があるから大体治る。以上ルール説明終わり」
簡単な説明をありがとう。
要するに、攻撃受けずに攻撃すればいいって話だ。
あたりまえか。
「次に成績についてだが、勝敗はあまり考慮しない。教師は戦闘内容を見てクラスを振り分けることになる。勝ったからAクラスやBクラスになれるわけでもなく、負けたからEクラスやDクラスになるわけでもない。奮って自らの力を見せることが大切だ」
聖女に当たったら即Eクラスになる、みたいなことになれば最悪だからな。
負けてもAクラスになる可能性はあるってことだろう。
「では呼ばれた者は戦闘スペースに移動すること。他の者はしばらく待て」
そうして、俺の知らない人たちが数十名ほど呼ばれていった。
待ち時間が長くなりそうだな。その間にAクラスに上手く入れるような作戦でも考えておくか。
「……うーん、棄権したらEクラスになれるかなぁ」
チマちゃんは全くやる気ないみたいだが。
Eクラス志望なんてサボる気満々じゃないか。
そういえば最初に彼女を見た時も「帰りたい」って言ってたな。
誰もが憧れる魔法学園に入学したというのに、モチベーションゼロだなんて珍しい。
モチベーションゼロで入学してきたのは俺も同じだが、チマちゃんはなんでだろう。
「チマちゃんってあんまり魔法学園には来たくなかったの?」
尋ねると、チマちゃんは気まずそうに頷いた。
「あっ、はい。親にお金で売られてやってきたので……」
「そうなんだ」
あまり深入りしないでおこう。
チマちゃんの腐った目が余計死んでいる。
それから策を練りつつもチマちゃんと会話していると、
「よお、テメェがボイル・スパイスだな?」
なんか話しかけられた。
金髪の生意気そうな青年だ。
なんで俺の名前を知っているんだろう。
「おい、アレ〈悪鬼〉じゃないか?」
「ああ、あの悪童の……」
悪鬼だの悪童だの言われているが、マジで誰だ。ゴールド帳にも書いてなかったから重要人物ではなさそうだけど。
知らないの俺だけか?
「えっと、誰?」
尋ねると、〈悪鬼〉さんは不快げに顔を歪めた。
「チッ、この〈悪鬼〉アキール様を知らないとは、流石田舎者だな。平民のクズのくせに、口の利き方がなっちゃいねえぞ? 俺は子爵家の次男なんだぜ?」
「はぁ……すんません〈悪鬼〉さん。それでなんのご用件です?」
なんで俺絡まれてるんだろう。
「フン! 今日はテメェに感謝を伝えに来てやったんだよ。次の模擬戦、俺の踏み台になってくれてありがとな、ってさァ! ギャハハ!」
なんだか楽しそうなアキールくん。
「いや、まだ対戦カード出てないんだけど」
至極当然のことを言うと、アキールくんはニチャっと笑い俺の肩を叩いた。
「おいおい、俺は貴族だぜ? 対戦カードなんて工作できるに決まってんだろ? 例えば、お前みたいな雑魚と戦えるようにしたりさぁ? な? 残念でしたぁ〜!」
なんだこの人、めっちゃウザいな……。
というか彼の話が本当なら、全然平民と貴族平等じゃないんだが。
貴族パワー使いたい放題じゃんか。
帝国魔法学園大丈夫か?
「つーわけで、俺の踏み台ご苦労さん! ギャハハ!」
「あ、はい」
適当にいなしていると、アキールくんはどこかに歩いていった。
「だ、大丈夫ですか……? 今の人、すごくイヤな感じでしたけど……」
チマちゃんが心配そうにこちらの顔を覗いてくる。
相変わらず目は合わないが。
「大丈夫、むしろ気が楽になった。聖女様とかチマちゃんが相手じゃなくてよかったってさ」
そう言うと、チマちゃんは濁った目を輝かせた。
「おお〜……な、なんかカッコいいです……」
「そーお?」
「はいっ。な、なんだかボイルくんなら勝っちゃいそうな気がしますっ」
「あはは、勝っちゃうかもね」
鼻息荒く主張するチマちゃんに、俺も冗談混じりに返事した。
さて、チマちゃんのおかげでやる気も出てきた。
もし本当にアキールくんが相手なら、俺の努力が潰えた恨みをぶつけさせてもらおう。
そしてしばらくすると、
「次、ボイル・スパイス、アキール・ワルガーキ。来たまえ」
本当にアキールくんが対戦相手になった。
帝国魔法学園、腐ってんね。
☆☆☆
教師の案内によりやってきたのは、運動場の中央にある戦闘スペースだった。
よりにもよって一番目立つ場所だ。すでに模擬戦を終えた生徒たちが何人も観戦に来ている。
……ん?
あれ、聖女か?
観客の中に、ひっそりと立っている聖女を見かけた。
なぜか誰も彼女に気が付いていないようで、ただ亡霊のようにこちらを見ている。
おそらく魔法で存在感を消しているのだろう。
周囲の人間の認知を歪める精神操作魔法だなあれは。
この場では俺しか気付いていないっぽい。
……まあ、暇つぶしでもしてるんだろう。
それかアキールくんに興味があるのかもしれないな。
今は気付かないフリだ。無視無視。
「いい場所だろ? お前が生き恥を晒しやすくなるよう、特等席を用意してやったぜ?」
どうやら俺のためにわざわざ会場を指定してくれたらしい。性格悪いなアキールくん。
帝国の貴族がみんなこうだったらどうしよう。
Aクラスでやっていけるか心配になってきた。
「そうなんだ、ありがとうアキールくん」
適当に返事をすると、アキールくんは見るからに気分を害した様子だった。
「……お前、余裕ぶってっけど、もしかして俺に勝てるとか思ってないよな? 平民の分際でさぁ?」
「戦ってみないと分からないかな」
「はっ! 間抜けもここまでくると笑えてくるな! 俺は魔の世代の一人、〈悪鬼〉アキールだぞ? 平民のカスが勝てるような相手じゃねえんだよ!」
魔の世代?
ああ、確かゴールド帳に書いてあったなそんなこと。
今年入学する生徒はどうやら粒揃いらしく、圧倒的に強い新入生が何人かいるらしい。そんな彼らのことを魔の世代と呼ぶそうだ。
中でも聖女ピクシアはその筆頭なんだとか。
しかし俺の記憶では、魔の世代に〈悪鬼〉の名前は無かったはずだ。
うーん、アキールくんは新メンバーってことだろうか。
わりと新陳代謝の激しいグループなのかもしれないな。
「……これは学園長としての助言だが、棄権した方がいいんじゃないか?」
「えっ、学園長?」
戦い前に準備運動していると、なぜか白髭の学園長がここにいた。
それで、棄権した方がいい? どういう意図だ?
「あのアキールだが、奴は相当な実力者だ。それもAクラスは確実と目される程度にはな。魔の世代の一人というのも本当だ。奴の自称から始まったが、今では認める者も多い」
「はぁ、そうなんですね」
「その上、アキールは〈悪鬼〉の名の通り残忍な性格をしている。何人もの人間を壊してきた悪人だ。おそらく奴は君のことも壊すつもりでいる。ルール上君を殺すことはないだろうが、それに近い目に合わせるつもりだろう」
「はっ! 学園長、分かってんねぇ!」
とんだサイコ野郎と戦う羽目になっちゃったらしい。
超怖いんだけど。
「だからできれば君には棄権してもらいたい。成績はそれなりのものになるだろうが、奴に心を挫かれるよりマシだ。君も楽しく過ごしていたいだろう?」
なるほど、学園長は優しさで棄権を勧めてくれているみたいだ。
俺に勝ち目はないと判断し、先を見据えて棄権しろ、と。
「お話は分かりました。ですが棄権はしません」
「……本気か?」
学園長は心配そうに俺を見る。
「はい、本気です。俺にも意地というものがあります。正々堂々、逃げずに戦いたい。例え負けると分かっていたとしても」
俺は胸を張ってそう言った。
だって負ける気しないもの。
「ふっ……素晴らしい若者だ。ならば止めはせん、男を貫きたまえ」
俺の薄っぺらい覚悟に胸を打たれたのか、目を伏せて声を振るわせる学園長だ。
この爺さんの中ではさぞかし感動的なストーリーが出来上がっていることだろう。
あ、そうだ。
折角だしこのタイミングで吹っかけてみるか。
「あの、もしアキールくんに勝てたらAクラスに入れてくれたりしませんか?」
「ふっ……いいだろう。男の覚悟には敬意を払うのが筋だからな」
言ってみるもんだな。
俺に勝ち目が無いと思っているから許してくれたんだろうけどさ。
「オイオイ、そんな約束意味あんのかぁ? 面白えからいいけどよ!」
アキールくんは放っておくとして、一旦状況を整理しよう。
・俺はスパイバレを防ぐために、平民が使える程度の魔法しか使ってはいけない。
・アキールくんを倒せばAクラス入りできると学園長からお墨付きを頂いた。
状況的にはこんなものだろう。
つまり、手を抜いて勝つ必要があるってことだ。
「それでは防御魔法を付与する」
俺とアキールくんは青い光に包まれる。
防御魔法は一定量のダメージを無効化してくれる。
「なぁ、防御魔法は貫通することもあるって知ってっか? 悪いな、怪我させちまったらよ」
「こっちこそごめん。加減できないかも」
「あ?」
俺はそれだけ言って、戦闘が始まるのを待った。
「両者、準備はいいな?」
学園長が確認してくる。
この爺さんが審判役を買って出てくれたようだ。
俺に優しい目を向けてきていることから、有事の際に止めに入ってくれるつもりなのだろう。
だが、俺は負けるつもりはない。
勝ったらAクラスに入れてくれると学園長に約束してもらった以上、こちらとしては勝つ以外の選択肢がない。
もう賽は投げられたのだ。
彼には悪いが、王国の宮廷魔法使いの力がどこまで通じるのか試させてもらおう。
俺は頷くと、学園長は手を振り上げた。
「では……戦闘開始ッ!」
「【泥穴】ッ!」
「なっ、何っ⁉︎」
俺は戦闘が始まってすぐ、超初歩的な土魔法【泥穴】でアキールくんの足元の地面を溶かした。
「【身体強化】ッ!」
「ふっ、ふざけっ……!」
次に超初歩的な無属性魔法【身体強化】を自らの肉体にかけて身体能力を底上げする。
そして──
「おんりゃあああああああああああああああ死ねええええええええええええええッッッッッッッッ!」
「ぐべばああああああああああああああああっ……ッ!」
──全力で顔面をぶん殴った。
アキールくんの防御魔法は簡単に破壊され、ダメージが貫通し、彼は綺麗な放物線を描きながら吹き飛んだ。
そしてグチャッと落下する。
場に沈黙が降りた。
魔法使い同士の戦闘は中・長距離で攻撃魔法を撃ち合うのが定石だ。
魔法使いは近距離戦闘に向かないからな。みんな遠距離から魔法で解決したがる。
しかし、初歩的な魔法に防御魔法を割れるような威力の攻撃魔法は無い。
ならどうするか?
距離詰めてぶん殴るしかない。
「……しょっ、勝者ボイル・スパイスッ!」