3話 ジーパン
「陛下いわく──帝国魔法学園に潜入し魔法技術を盗み、ついでに聖女を調査せよ」
ゴールド氏はやれやれと手を振った。
「……ちょっ、えぇっ⁉︎ 不可能ですよそんなこと! 帝国魔法学園といえば最新の魔法技術研究施設でもあります! 警備状態は万全なはずだ! そこに潜入なんてできるはずがないでしょう!」
「ああモヒィの言う通りだ! それにその聖女とやらもいるんだろう? 危険すぎる!」
「おっ、俺は行かねえ! 絶対嫌だ!」
先輩の御三方はそれぞれ異を唱える。
うん、同意見だ。
いくら王の命令とはいえ危険すぎる。
帝国魔法学園は魔法使いを育てる教育機関でありながら、最新鋭の魔法技術の研究施設も集まっている施設だと聞く。
しかも帝都の中にあるから、敵地のど真ん中みたいなものだ。
必然、エグイ警備が敷かれているだろう。
そこに潜入するのは専門のスパイとか密偵とか間諜とか、なんでもいいけど俺達宮廷魔法使い以外の仕事だ。
魔法使いなんてズゴーンバゴーンの魔法戦闘しかできない脳筋ばっかりなんだ、そんな繊細な任務できっこない。
その思いが届いたのか、ゴールド氏は渋々頷いた。
「なるほど、三人の気持ちは分かったよ」
……三人?
ああ、俺はまだ何も言ってなかったか。
「あ、俺も無理だと──」
「だからこの任務はボイル君! 君に任せることにする!」
「………………えっ?」
頭が真っ白になった。
いや……俺?
この人、俺に任せるって言ったのか?
なんで?
「えっ? ちょっ、ちょっと待ってください。なんで俺なんです? あの、俺も無理だと思うんですけど!」
そんなどうしようもない任務、経験も浅い俺なんかじゃ絶対に失敗してしまう。
それどころか死んじゃう、絶対に死んじゃうぞ。
絶対お断りだ、何がなんでもお断りだ。
「いや無理ではない。うるさい。というかそもそもボイル君に頼むつもりだったんだよ。我々ではちょっと条件に合わないからね」
「は、はぁ? いやっ、条件ってなんですか! どうして俺だけ……って、まさか俺が孤児院出身だからですか! 平民出身なら死んでも構わないってことですか! そんなのって──」
「見た目が普通だからだよ」
「あぁ……」
た、確かに。
モヒカンや革ジャン、顔面ドラゴンよりはマシかも。
そうだ、この人らは特徴的なシンボルのせいで、他国にも顔が割れてるから危険を冒せないのか……。
……い、いやいや!
何を認めそうになってるんだ俺は!
「だ、だからといって認められません! モヒカンなんて剃ればいい! 革ジャンなんて脱げばいい! 顔面ドラゴンなんて化粧すればいいじゃないですか!」
「いやモヒカン剃ったら死ぬ呪いが……」
「俺も革ジャン脱いだら死ぬ呪いが……」
「化粧したら死ぬ呪いが……」
「アンタらなんなんだよ!」
何がネームドだ、全員呪い持ちの病人どもじゃないか!
「落ち着きたまえボイル君。そもそもの話、学園に潜入する者は若くないといけないんだ。学生として忍び込んでもらう予定だからね」
「学生として……?」
確かに、無鉄砲に突撃するよりかはマシかもしれない。
正規の学生として侵入し、魔法技術を盗み、聖女について調査する。
繊細な任務だが、中央突破で強盗の真似事をするよりかはいい。
「ああ。同僚達を見てごらん? 俺はアラフィフ、モヒィとガンリュウはアラフォー、カワジャは今年還暦だ。学生に見えるか?」
「……見えませんね。ジジイしかいません」
「そう、ジジイしかいない。一方、君は今年で二十歳だったな? ギリギリだが誤魔化しは効くだろう」
いや、それでもやるの嫌なんですけど。
「し、しかしですね! どうして宮廷魔法使いにこの任務が回されたんです? 他の諜報員に任せる案件だと思うんですが!」
「盗むのは最先端の魔法技術だぞ? 諜報員は魔法に関しちゃ素人が多いし、いざという時に逃げ出す力もない」
「ぐっ……」
「その点、最強の魔法使いである〈黒子〉のボイル君なら安心だ。なあジジイども!」
「ええ! 有望な若者であるボイル君に任せました!」
「俺はジジイだからな、あとは若いヤツに任せるとしよう」
「ハッ! 俺も老いたってことか……」
このジジイ共、俺に任務を押し付ける気満々らしい。
一気に先輩方がうんこに見えるようになった。
「そ、それでも俺は辞退を──」
「それは国王陛下の御命令を無視するということになるが、いいのか? ボイル君」
「やります」
……王国において、王は絶対の存在だ。
王の命令に背くことなどできるはずもない。
駄々をこねて拒否する、イコール反逆罪で死だ。
こうして、俺は敵国のど真ん中に出張することとなった。
順風満帆な人生はここまでか……。
俺もジーパンの呪いにでもかかっておけばよかった。
☆☆☆
「……行ったか」
ボイル・スパイクが消沈した様子で事務所を離れた後、この場にいた全員はため息をついた。
「ボイルに任せてよかったのか? アイツはまだ二十歳だぞ? あまりに重い任務じゃないか?」
カワジャはゴールドに尋ねる。
さっきは保身に走ってボイルを売ったけれど、今になって罪悪感が湧き出てきたためだ。
なんせ、ボイルはまだ二十歳のルーキー。
この任務を請け負うにはまだ早過ぎる。
しかし、ゴールドは首を横に振った。
「ボイル君はただの二十歳じゃない。お前達も知っているだろう? アレは……化け物だ」
場に沈黙が降りる。
それは全員が肯定しているようなものだった。
「安心しろ。例え帝国のど真ん中で正体がバレようと、ボイル君に勝てる者など存在しない。彼が死んだら……その時は王国も終わりだな」