謎な競争心
何故だ、何故なんだ……。
何故に俺は、知り合ったばかりの1年女子と一緒に下校しているのか。
「あっ、何ですか?」
「何がだ?」
「いえ、さっきからわたしのことを気にしているなーと。学校を出てからずっと見てましたよね? 見られてる方は意外と分かるものなんですよー」
全く見てないと言えば嘘になる。見ていたのは顔では無くメガネだが。
「見てたのはサイズオーバーのメガネだ。顔じゃない」
「あぁーよく言われるんですよ。わたしって、顔が小さいじゃないですかー」
「いや、知らんけど」
何だ、自慢か。
「だからどうしてもメガネの方が大きく見えるんですよねー! 青堀先輩もかけてみますか?」
何でそういう結論に至るのか意味不明だ。そもそも、何で俺と一緒に歩いているのか。それを問いただす方が先だな。
「そんなことより、何で見ず知らずの俺と下校してる? 会って数時間しか経ってないはずなんだけど」
周りを見ても帰宅部が少ないせいか、下校する生徒の姿は見当たらない。館山はとっくに帰ってるし、見知った顔が無いのは救いだが。
「青堀先輩はこの坂を下った先にお家があるんですよね?」
「多分そうだろうな」
「坂を下るまでみんな同じです。だから深い意味なんて無いです。坂を下りきったら、寂しいけど違う道を歩くことになりますけどね」
そうか、そういうことなら疑問に思う要素は無いのか。うちの学校は高台にあるし、坂を利用するのは当たり前のことだったな。
「何だ、そうか。じゃあいいのか」
「そうですよ。別に先輩について行くわけじゃないです」
しかしその割に、歩行速度を合わせてる気がする……。
「…………っ!」
「ちょっと青堀先輩!」
「何だ、何か用か?」
「歩くの速くないですか? もしかして、勝負仕掛けてるんですか? だったら負けるつもり無いですけど……って、言ってるそばからズルイです!!」
何だそれは。
こっちはそういうつもりは無いのに。下り坂を歩いていれば誰にでも当てはまる自然現象であって、勝負するつもりはこれっぽっちも無いんだが。
まさかと思うが、そういうタイプなのか。
「……っ」
「負けませんからねー!」
――数分後。
何で通学路の長い下り坂を全力疾走する羽目になったんだ。おかげで無駄に汗もかいたし、息も切らせてしまったじゃないか。
「ハァッ、ハァッ……ハァァァ~~…………なっ、何でこうなった」
息を切らせ、膝に手をつく俺に対し、メガネが目立つ小顔女子は、何故か勝ち誇った表情で"えっへん"ポーズを取っている。
――普通なら可愛いと思うだろう。
しかし俺の好みは同学年か先輩に限る。告白するに至らなかったが、現在の好きな人はバレーボール部の女子だ。
あざとい動きを見せられたからといって、そうは心が動かされない。
「ハァ、ハァッ……、どう考えてもおかしくないか?」
「先輩が悪いんですよ? あんなあからさまに早歩きされたら、煽ってるようにしか見えないですよ!」
「そんなわけが……あるわけないだろ~! トレーニングしてた女子に何で挑む必要があるんだよ。……というか、下り坂なんだから無意識に速くなるだろーに」
あぁ、無駄に疲れた。しかも俺と違って1年女子の汗は大量じゃないし、息も切らせてない。俺だけが骨折り損じゃないか。
何の意味も無く謎すぎる競争心を芽生えさせただけで、俺には全く得が無い。
「下り坂……あっ――そ、そうですよね。わたし、てっきり……」
「てっきり?」
「いえっ、何でも無いです。坂を下りきったので、わたしはこれで失礼しますね! またです、青堀先輩っ」
「…………はいはい」
元気過ぎる1年女子の後ろ姿を確認してから、俺は自分の家に向けて歩き出した。なんて重すぎるんだ俺の足……。
何で下校で疲労困憊にならなきゃいけなかったのか。文系というでもないとはいえ、体育会系の女子と競争する羽目になったのは不利すぎた。
何はともあれあとは平坦な道を進んで、曲がり角を何個か進むだけ――
――のはずが、
「青堀先輩~!」
「――うおっ!? どこから出て来た!?」
この辺の道は交差点さえ渡って来れば先回りするのも可能だ。とはいえ、まさか曲がり角から顔が出て来るとは思わなんだ。
「やだなぁ、人を化け物扱いしないでくださいよー! 聞くのを忘れたので、追いかけて来ただけです」
「まさか習木は、ストー」
「違います! 純粋に運動量が違うだけです!!」
禁句だったか。まぁ、言うことじゃないよな。
「で、俺に何を聞くって?」
俺がそう言うと習木は息を大きく吸って、
「青堀先輩は好きな人いますか?」
「プライバシーの問題には答えられないな。じゃあ、そういうことで」
「いないんですね? いないなら――」
何を言い出すつもりか分からないが、嫌な予感もするし正直に言うか。
「……好きな人はいる。まだ告白出来てないけど、チャンスを見つけて必ずする。以上だ!」
あまりうざく来られても嫌なので、大サービスで答えてやった。だからといって後輩にはあまり関係無いことだろうけど。
「それはいいことを聞きました。青堀先輩。これから頑張ってくださいね! わたしも頑張るのでー! それじゃあ、今度こそお別れですっ」
いいこと? まさか俺の告白を応援してくれるのか。
そうだとしたらいい子じゃないか。
1年女子に応援されるなら、根性出して好きな人にアタックしまくるか。