文科系の抜けた顔
「宗次、悪ぃ! 待ったか? ん……? どうした悪そうな顔して」
「妙な時間を過ごした」
「ふーん? とりま、行こうぜ!」
初めはあまり乗り気じゃなかった館山だったが、途中離脱したのを気にしたのか結局体育館までついて来てくれた。
体育館に到着。
ここでの目的は好きな人に告白することである。その相手はバレーボール部のS中さん。
「体育以外で来ないからだけど、人多いな」
「女子率が高いだろ?」
「それは言えてる」
バレーボール部のコートは一番奥にあって、そこまで突っ切る必要がある。つまり告白するにしても他の部の、特に女子たちの視線を気にせずに向かわなければならない。
体育館を使う部活は圧倒的に女子率が高く、ぶっちゃけ用のない奴は立ち入っちゃいけない雰囲気がある。
「うーむ……」
「いや、どう考えても無理だろ。宗次はともかく、おれは女子の視線に耐えられん。先に帰らせてもらうぞ」
「俺だけをここに置いていくのか!」
「――というか、告白するのがマジならおれの助けは求めない方がいいぞ」
館山の言うことはもっともなことだ。告白して上手く行くにしても、そこに館山がいたらおかしな話になる。
素直に反省を認め、館山だけを帰した。
そしてここからが問題なわけだが、バレーボール部への牙城はそう簡単に崩せそうにない。どうすれば自分の足は前に進んでくれるのか。
行くか帰るか迷っていると、目的の方面から誰かが向かって来るのが見えた。もしやS中さんに通じたか?
「青堀先輩じゃないですか! 何でここに来たんですか?」
正面から初めて見たその子の姿は、メガネが際立つ小顔女子。黒くて長い髪をヘアピンで留め、華奢な体型はもちろん、手首と足首の細さには驚くばかり。
コート側から歩いて来た時点で、この子が体育会系女子だということが分かった。
「――確か1年女子だったか?」
「習木ですよ、先輩。答えを教えてくれますよね?」
あれ、何か問題でも出されていたかな。1年女子の全身はさすがにジャージ姿なので特別な緊張は起こさないが、学校指定の薄い水色は中々に目立つ。
あまりじっくり見ても誤解されそうだし、目を背けておく。
「残念なことに分からないな」
「体育館に来たのはご自分の意思ですよね? どうして分からないんですか?」
「あー……体育館に来た理由か」
そういえばそうだった。何でここに来たのかってのを正直に言えるはずないだけに、一瞬何を聞かれたのか分からなかったな。
まさか告白しに来たとは言えないし、適当に答えておこう。
「探しに来ただけだな」
「何をですか?」
「体育会系女子……的な女子を」
「あぁ、分かります! 青堀先輩は薄っぺらくて、抜けた文科系の顔してますもんね。憧れるのも無理は無いかも」
何気に俺のことをディスったなこいつ。
「別に1年女子……後輩の習木に憧れることは無いから安心してくれ」
「何ですか! それー」
そろそろ……というか、ここに来た時から女子の視線が痛い。どう見ても場違いな上、体育会系男子でも無い俺がいてはいけない場所なのは確かだ。
「じゃあ俺は帰るんで。部活に戻っていいぞ」
ここはとっとと消えるのがベストな判断。
「あっ、じゃあわたしも帰っていいですか? 青堀先輩を途中まで送りたいし」
「そういうのは俺に聞くんじゃなくて、バレーボール部の先輩に聞くべきだろ」
一体何をほざいてるんだ、この1年女子は。しかも俺を途中まで送るとか、一緒に帰ろうとしてる?
「バレーボール部? 何ですか、それ」
「そこから歩いて来たのに、自分が所属してる部活の存在を抹消か? 薄情だな」
「部活に入ってないです」
「はっ?」
ジャージ姿でコート側から歩いて来て、無所属って……どういう理屈だそれは。
「だって体育館の向こう側って、売店とかトレーニングルームがあるじゃないですか。だからですよ」
全く持って初耳だ。いや、売店の存在はさすがに知ってるけど。トレーニングルームとか、そんな贅沢な施設もあったのか。
「――つまり、トレーニングしててその姿だったと」
「はい。いい汗かいてきました!」
よくよく見ると、うっすらとした汗が額についている。本当のようだ。
「謎が解けて何よりだ。じゃあな、習木」
「だからー、途中まで一緒に帰りますって!」
「俺の家を知ってるのか?」
「知りません。途中までって言いました」
くそう。何かこいつのペースにハマってる気がするな。そもそも一緒に歩いて帰る義理も無いのに。
しかも告白にたどり着くことが出来ずに終わったし、ちょっと難易度が高かったな。
「制服に着替えるまで待つ義理は無い。そういうわけだから」
「走って帰るわけじゃないですよね?」
「そりゃあな」
告白にたどり着けなかったどころか、教室からのダッシュも無駄に終わったことで、見えない疲れが襲って来ている。そういう意味で、家に帰るのに走って帰る意味がない。
「じゃあ途中で追い付きますので、歩いてていいです!」
一緒に帰るとは言って無いのに、習木という1年女子は猛ダッシュで向こう側へ行ってしまった。
よく分からない後輩なのに、一緒に帰ることになるのか。