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SaLt  作者: 蒼海 游
浦島太郎
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第8話 父の日

 留守番ということがたまにある。

 この頃になると、それぞれ好きなようにやっていることが大半だ。

 例えば俺は最近、大希の使い古した教科書を少し読んだりもする。小学校での覚えるべきことは大分覚えているはずだと思っていたが、中学となると怪しい。まだまだ中学になるまでに日があるとしても早めに勉強しておくと楽な気がする。だが、さすがに五歳で教科書を読むのも変なので表向き、なぜか教科書を気に入ってしまったように見せている。少し無理があるかもしれないが。



 ある雨の日のことだった。俺は教科書を読みながら辺りを見回した。

 大希はギターを弾いている。耳馴染みがあるので俺が生きてる間に作られた曲なのだろう。声変わりを迎えた大希の低い声はボーカルには合わないのかもしれない。歌は上手い方なのかもしれないが、高い音が出ないようだ。

 咲良は絵を描いている。小学四年のあたりから少し静かになってきた。振り回されることが減ったので、ほっとするような寂しいような複雑な気持ちでいる。

 咲良の手元を覗き込むと、男が一人描かれていた。


「誰を描いてるの?」


 思わず聞いてしまう。聞いていいのか分からないまま。


「お父さんだよ」

「お父さん?」


 誰のことを指しているのだろうと思った。


「もうすぐ父の日でしょ。だから、手紙を書こうと思って」


 それなら智のことか、と思ったところで紙が二枚あることに気づく。


「また二枚描くのか」


 大希が演奏をやめ、不機嫌そうにこちらを見ている。


「いなくなった父親になんて書くことないだろ」


 正論だ。正論だけども、やはり正直に言われると傷つく。身勝手だと分かりながらも、悲しくなる。


「それに、お前はあいつがいなくなった時、まだ一歳にもなってなかっただろ」


 あいつ呼びするところからも、俺のことが嫌いであることが窺える。嫌いを通り越して、恨まれているのかもしれない。


「それでも、書きたい。産んでくれたお父さんには間違い無いんだもん……それに」


 咲良は絵の参考にしていたらしいかつての家族写真を見せる。


「写真でしか分からないけれど、私はお父さんが悪い人だとは思わない」


 家族写真で俺は咲良を抱き、大希と手を繋いでいる。さらに大希の手を繋いだ由利が笑っている。俺と由利の距離は思ったより近い。

 死ぬ一ヶ月前くらいかに撮った写真だ。あの時は一ヶ月後に死ぬなんて思いもしなかった。

 久々の休暇で少し遠出をしようと出かけたのだ。


 あの時はまだ、大希は無邪気に笑っていた。俺に遊んで、と何度もせがんだ。

 俺の膝の上ではしゃいだ。

 俺の真似をした。

 知らない人がいると俺の後ろに隠れた。

 俺の姿を見て、将来漁師になりたいと言ってくれた。

 釣りだって、何回も行った。

 あの無邪気な笑みは、もう見られないのだろうか。

 もし俺がいなくなった父親だと知れば、どう思うだろうか。



「……勝手にしろ」


 大希はそう言って立ち去ってしまった。

 手荒く閉められた扉を二人して無言で見つめ、俺は教科書を読みに戻る気が起きなかった。


「ごめんね」


 咲良がいつもになく悲しそうな顔をして、俺の頭を撫でながら言った。


「……分かってるの。本当は。お兄ちゃんやお母さんにお父さんの話はしちゃいけないって……でもね……」


 咲良はそう言ってしばらく黙った。そして、笑った。


「大丈夫。大丈夫だから、そんな顔しないで」


 悲しそうな笑み。どこかで見た気がしたのは気のせいだろうか。俺は一体、どんな顔をしているのだろうか。

 パンパン、と頬を叩く音がした。咲良が自分の頬を叩いたらしい。


「さーて、気を取り直して続きをするかぁ」

 笑顔でそう言ったが、その心中は分からないままだった。



 父の日のカードは咲良しか渡さなかったようだった。大希は書こうともしなかったのだろうか。俺への分はさりげなく置いてあったので、読んでみる。



 お父さんへ

 父の日ありがとう。

 お元気ですか。って言っても、どうやって届けたらいいのかも分からないんだけどね。

 もしこの手紙を読んでくれていたらとても嬉しいです。

 突然だけど今、どこにいますか?

 お母さんも、お兄ちゃんも寂しがってると思います。

 お兄ちゃんは不器用だから、あまり言えないんだけど、実は寂しがってるんじゃないかって思います。

 だって、写真の中の二人はいつも笑っているから。

 会えないなら、手紙だけでも欲しいな。

 これからも元気でいてね。

 いつか、会える日まで。


 この世に私という命を生み出してくれてありがとう。



 涙が出そうになった。それを必死に堪え、元の場所に戻した。

 ふと、視線を感じ背後を見た。

 誰もいなかった。

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