第7話 実家②
両親は果たして俺に気付いているのか分からぬまま、一回目の再会はあっけなく終わった。終わってしまった。そう思う自分は密かに期待してたんじゃないかと思うと馬鹿らしいと思った。
こんな非現実なことに両親が気付くはずなどない。簡単に話すべき内容でもない。それどころか正直話すべきではないのではないかとも思っている。
そう思いながらも、親父が次に会う日を指していることに期待を抱いてもいた。
話したくないけど、知られてほしい。矛盾した考えが脳内を支配していた。
指定された日に再度俺は一人きりで向かった。由利には遊びに行くと伝えたきりだ。それ以上言わなくてもいいと知っていた。
「一人できたのよね」
出迎えたお袋は興奮気味にそう言った。俺は戸惑いつつも頷いた。やはり一人で来ることに何か意味があるらしかった。
「何ぼうっとしてるの、入りなさいな」
言われるがまま俺は実家へと足を踏み入れた。
連れて行かれたリビングに親父がいた。ここに座れ、と目で合図されるがままに俺は親父の前に座る。お袋は一旦お茶をとりにキッチンへ向かったものの、すぐに戻ってきて親父の隣に座った。それまでの間、二人には沈黙が保たれていた。
「よく来たな」
親父はそう言ったものの、前みたいに笑わない。その顔はまるで……。
「一人で呼ばれた理由はわかるか?」
そう尋ねられ、俺の中で一つの答えが浮かぶ。しかし、これを言ってしまうと自ら認めることになる。言うのは怖い。親父の口から出ればいいのに。
まるで探偵に追い詰められた犯人のような気分だった。
親父はふっと笑った。
「答え合わせをしようか」
親父の言葉とともにお袋が取り出したのは一冊のノート。それは俺しか知らないはずのもの。
……由利との交換日記だ。
中には人には見せられないような内容が書いてある。
「…なっ…!」
なぜそれがお袋の手元にあるのか分からなかったが、これに反応するのは俺、慎二だけなのだ。
「どうやら正解だったようだな」
「……親父……」
もう隠すことはない。俺はそう悟った。
親父にはお見通しだったのだ。だから一人で来いと言った。
いなくなったはずの、死んだはずの息子と話をするために。
ついに来てしまった。正体がバレる日が。
親父はふっと笑みを漏らす。
「親の目を誤魔化せると思ったか?…久しぶりだな、慎二」
お袋も笑った。目に浮かぶ涙をぬぐいながら。
「おかえりなさい、慎二」
まったく、いくつになっても親には勝てないな。俺も思わず笑ってしまう。
「お前がこの世にいる理屈は分からんが、また会えて良かった」
「どんな形でも会いたかったわ。もう一度、産まれてきてくれてありがとう」
「……俺も、会えてよかった」
由利から産まれなければ会えなかっただろう。思っていても言うのは何となく照れくさかった。
そのままの流れでお昼になったが、昼食はかなり豪華で、並んでいるのは俺の好きなものばかり。
これはただ俺が久しぶりに帰ってきたからだろうか。不思議に思っていたが、あるものが出てきて何もいえなくなった。
「おめでとう、慎二」
小さなホールケーキ。《《誕生日の時の》》お袋の手作りケーキだ。
そういえば最近俺、慎二の誕生日があった。当日ではないし、まさかそこまでしてもらえるなんて、思ってもなかった。
「……ありがとう」
こうして親子は、久々に食卓を囲む。
しかし、これだけでは収まらなかった。
「兄貴…おめでとぅ!」
なんと、妹までも現れた。
「お前にも分かってたのか……」
妹までにもバレている。そんなにも演技は下手だっただろうか。妹は勝ち誇ったように笑む。
「……緋夏は?」
俺は悔しくなって話を変えようと試みる。
「義父さんのお家に決まってるじゃない」
……いや、別に決まってはないと思うが。俺は口には出さずに突っ込んだ。
話は妹までにも回っていたらしかった。
「ちゃんと緋夏には内緒にしてあるから。将来的に言うかどうかは決めてないけどね」
「将来的に……か……」
そこあたりはどうすべきなのか全然分からない。
「仁くんがいるということも忘れちゃいけないからねぇ……」
そう、それが極めて難しい問題だ。
俺たち家族は仁とは本来関係のない人間だ。関係ない、というのは語弊があるかもしれないが、要するに仁として接しなくても支障のない人間と言ってもいい。本当の祖父母ではない親、友達の母親である妹。だから今回白状することに対してもあまり抵抗はなかった。初めてということで少し白状するべきか迷っただけで。
「ばれたのは私たちが初めてなのよね??」
妹が楽しそうにいう。
「……なんでそんなに楽しそうなんだよ」
意味がわからない。俺にとって深刻な問題なのに。
「そんな怒らなくていいじゃん」
妹はそう言いつつエビフライを口にくわえる。昔から俺たち兄妹はアジフライなどの揚げ物、特にエビフライが好きだった。妹は俺のものを奪いにかかるほど。この歳になってもそれは変わってない。ちゃんと俺の分を確保しておく。
「別に怒ってないけど」
妹が苦笑いする。何に対してかは知らない。
「でも確かに、兄貴にとっては由々しき問題よね」
親父とお袋を見るが、何も口を挟むことなく二人の会話を聞いているだけだった。
親として、大人になった子どもに干渉するのは正しくないと思っているのか、昔からの放任主義なのかか分からないものの、とりあえずこの件は二人は干渉しようとしないことが分かった。
「ま、その時にまた考えればいんじゃない」
目の前のエビフライよりどうでもいいと思っていそうな妹は話をあっけなく切り上げた。
俺についての話はそれっきりで、あとは妹の世間話ばかりだった。妹としても帰省でゆっくり話したいことがあったらしかった。
結局、正体がバレている以外の話はまったく分からなかった。
また来ると約束して、俺は由利の待つ家へと帰った。