第50話 親子問題
「すいません、お世話になります」
緋夏は高校を卒業してすぐ、そのままの足でやってきた。相当楽しみにしていたらしい。
<緋夏をよろしくね>
直美からもそんな連絡は届いていた。
「まあ、いらっしゃい! 待ってたわ!」
その時の由利は一見歓迎しているように見えたのだが……。
「緋夏ちゃん、買い物行ってきてくれる?」
「緋夏ちゃん、それは私がやるからしないで」
由利は緋夏に命令してばかりだった。緋夏も逆らうことなく従っていたが、それは結果として緋夏を仁から引き離しているようにも見えなかった。
緋夏を一人家から出したり、仁との共同作業を由利が買って出たり。
俺は大変不満だった。それがいくら由利であろうとも。
「ねえ、母さん」
とある日、耐えきれなくなった俺はあくまで仁の体で由利に言うことにした。
「なぜ、僕と緋夏を引き離そうとするの?」
『なんてこと言うんだよ、父さん!』
仁が怒っている。がしかし、今は主導権を奪われるわけにいかない。聞かずにはいられないからだ。
由利はそれに対しすぐに答えなかった。
「別に……そんなつもりはないのよ」
しばらくして返ってきた答えに対し、俺は失望する。
『言わない理由なんて、父さんならわかるだろ!』
しかし、仁はあくまでも由利をかばう気らしい。ほんとうに優しい子だ。
『お前は黙ってろ』
しかし、そんな優しさは今、必要なかった。
「ねえ、もしこれを父さんが見たら、どう思うかな?」
智が見たら……俺が見たら、どう思うかなんて考えているだろうか。わかってほしい一心で語りかける。
「……慎二を、怒らせちゃうね」
しかしその伏せられた目を見ると、自責の念にかられる。なぜこんなことを言ってしまったのだろうと思ってしまう。俺は、由利を幸せにするべきなのに。
「……わかった、誤解のないように気を付けるよ」
あの時のような気持ち悪い感触が、後に残った。
それから確かに、仁と緋夏は避けられなくなり、交流は増えた。でも、その中で仁は心ここにあらずといった感じだった。
『ねえ、なんであんなこと言ったの』
仁はいまだに俺に怒っている。その証拠にあまり積極的に口を利いてくれなくなった。
『そのせいで僕までも気まずいんだよ、母さんと』
優しい仁が怒るのは相当なことだ。もちろん気持ちはわからないこともない。申し訳ないと思ってないことはない。しかし……。
『悪いがこれは、今後のためなんだ』
俺は自分に言い聞かせるようにそう言い続けた。
わかりはしないだろう、そうわかっていても俺は未来のためにもこうせざるをえなかったのだ。
『いつもそれじゃん……もういいよ、僕知らない』
仁は納得する様子もなく、むしろ不信感を募らせているようだった。
緋夏はどう思っているのかわからない。表情は少し強張っているようだ。
あの日の会話を聞いていないはずだが、何か感づいていたのだろう。
「ねえ、仁。もしかして私、いちゃいけないかな」
緋夏はついにそう言いだした。
「そんなことないよ」
慌てて仁がそう言うが、緋夏の表情は晴れる様子はない。
『緋夏まで心配させてるんだよ?』
仁がまたすかさず文句を言った。わかっている、わかっているが……。
『ねえ、父さんがこの問題どうにかしてよ』
仁は冷たく言い放つ。
『……わかってるさ』
自分が蒔いた種をそのままにしておくなんていうのは愚者のすること、そんなことは分かりきったことだ。だが、今はどうしようもないというのも事実だった。
〈ねぇ、私いけないことしたかな〉
あの日の後、由利から俺宛てにそんなメールが来ていたことはわかっていた。だが、今までのこともありなかなかいい答えを見つけ出せずに返信を放置していた。いい加減返さなければならない。
どう返すべきだろう。俺の思いが伝わるためには……。
何度も書き直した末、書いた答えは……
〈俺の母親は、間違いなく由利にそんなことをしないと思う〉
ある意味由利を否定するものだ。
『ねぇ、それは無慈悲だよ、そんなこと書いたら母さんがどれだけ悲しむかわかるでしょ』
仁は焦った様子だ。本当に優しい子だ。
『じゃあ、お前は緋夏を、彼女を捨てるのか?』
だが、現実はその優しさを否定する。
『……捨てたくないに決まってる、だけど二人が救われる世界だってあってもおかしくないだろ?』
それでも、仁はどこまでも優しかった。その優しさがたとえ無理なものだとわかっていても。
『父さんはもう諦めたの?』
仁は、その優しさを俺に歯向け続けた。
『二人を傷つけずに救う……今はそんな方法なんてない。俺たちがこうして共存する限り』
だがいくら歯向かれようとも、答えは変わらなかった。
二人が共存するという前提のもとでは。
『まさか……消えるなんて言わないよね?』
仁は少し勘違いしている。だがあながち答えは遠くない。
『そうではなく……今まで以上に俺の気配を消すんだ』
答えは、俺がいると疑っている由利に仁を仁として見させる――そんな単純な話だ。
やっぱり、皆にばれるべきではなかった。由利だけに中途半端に隠すなんて真似はできるはずがなかったんだ。
由利にはばれるべきではなかった、そう、由利だけには……。
『それで本当に解決するの?』
仁が不安そうに言うが、こればかりはわからない。
『それはやってみなきゃわからない』
元々一夜だけの約束を、引き伸ばしてきただけのこと。
そろそろ父親としても一段落したころだ、戻すのにもいい機会でもある。
「……わかった。やってみよう」
仁はしばらく考えた末、協力することを決めたようだった。
「だけど、これだけは約束して。これ以上、二人を傷つけないことを。この問題から逃げないことを」
「ああ、もちろんだ」
話は決まった。ここからどうなるかは、俺たち次第だ。




