第44話 家族
その場は、祝福モードから一気に沈黙が流れる。
「……なんでこの流れに乗ってお前が言うんだよ」
大希が突っ込んでくれた。そいつは不貞腐れた顔をするが、負けてはいないようだ。
「すいません、こちらの方が急ぎますので」
そう言われてしまうと何とも言えない。いや、元はと言えば本人のせいなのだが。がしかし、そいつはかなりフォーマルな格好をしている。それに対し大希たちはやや畏まった格好をしていた。恰好がすべてとも言わないが、もう少し考えてほしい気もしなくはない。
「皆さま、ご迷惑をおかけしているのは僕自身分かっております。今まで多くの人を傷つけた人間が、咲良さんを傷つけた人間が、こうやってのうのうと生活していることがどれだけ許されないことかも分かっております」
どこからそのセリフを持ってきたと思わなくはないが、正座したそいつに暴言を吐く気はない。一人称もいつもと異なっている。
「ですが僕は、愛する咲良さんと生まれ来る僕たちの子どもをこの命を懸けてでも支え、守りたいと心から思っております」
そこでそいつは頭を下げた。
「どうか、こんな不甲斐ない男ですが、咲良さんの生涯のパートナーとしてそばにいさせていただけないでしょうか」
しばらく、沈黙が生まれた。そいつが頭を下げ続ける中、咲良が隣に座り、同じように頭を下げようとするのは皆で止めた。身体にさわる。代わりに咲良は横に座るというのみで落ち着いた。
「私からも、お願いします。悠くんは確かに、多くの人を傷つけました。私もかつて、傷つけられました。だけど、今は私のことを大切に、傷一つつけないよう守ってくれ、支えてくれます。彼なりに、愛してくれます。お腹の子にとっても、私にとっても、悠くんは大切な人なんです」
咲良の言葉に対しても、しばらく沈黙が流れた。
「……私は、悠斗君を信じようと思う」
しかし、今度は由利が俺たちの沈黙を破り、そう言って二人のそばにしゃがみ込んだ。
「確かに、出会った時はとんでもない子だと思った。予め事情を知っていたとしても。だけど、今は自分なりに罪を償って、咲良を支えてくれている。私たちも支えてくれている。傷つけないようにしてくれているのはちゃんとわかってるよ」
由利は優しく二人の頭をなでる。頭を下げたまま表情の見えないそいつの顔の下に、涙が落ちたのが分かった。
「……俺も、別にそいつが咲良から離れなければならないとは思わない。なんやかんやちゃんと分かっているし、反省してるのがわかるから」
大希はそう言って、同じように亜由美さんとしゃがみ込んだ。そして、俺を見た。
「……」
この状況で俺は、どちらとして意見を言えばいいのだろう。由利もいる中で、俺は……。
「うん、そうだね、僕もそう思う」
そうとしか、答える言葉が思いつかなかった。これがそいつの作戦なら、とんでもないと思った。
しゃがみ込むと、一瞬顔を上げたそいつと目が合った。真剣な顔をしていたそいつの顔に、瞬く間に笑顔が広がった。
「ありがとうございます、ありがとうございます……!」
涙まみれのその顔は、確かに真剣そのものだった。それに、まだまだこいつだって成長途中だ。再度頭を下げたそいつ――悠斗の言葉を、一度は信じてみることにした。
色々話し合った結果、二組の結婚式は合同で、かつ島で執り行われることとなった。合同というのは、決して金銭の問題ではない。どちらかというと時間の都合である。もちろん、式場は俺たちが結婚した時とはやや異なるものだ。
「にしても、大希の姓がまさか、ずっとそのままとはな……」
俺は小さくぼやく。大希の姓は生まれた時から変えることなく、俺の姓である松浦であった。家族だが、意外と知らないものである。それを突っ込んだところ、大希は照れくさそうにした。亜由美ちゃんが何かを言おうとして止められていたので、まあ、もしかすると俺が関係していたりするのかな。
「私こそ、悠斗君を養子に入れるのかと思ってたよ」
隣から突然、亜里沙の声が聞こえた。振り向くと、案の定亜里沙が立っていた。亜里沙が言うように、咲良は名字を悠斗の名字である森川に変えることになったのだった。
「……まあ、色々と面倒だからな」
仁として言葉を返すのは諦めた。どうせ先ほどの独り言は聞かれているに違いない。それに、もうばれているのだろう。話してないけど。
話し合った結果、何度か悠斗からはこちらの、俺の名字にしたいという要請があったが、元からこちらの都合上色々とややこしいなどといった理由で結局悠斗側の名字にしたのだった。そもそも、今現在の咲良の苗字は智と同じ高比良である。
「いいと思うよ、それでも別に。愛があればそれで充分さ」
亜里沙はにかっと笑って寒いセリフを吐く。そして俺の顔を見て頬を引っ張る。
「にしても、ほんとこの生意気坊主と家族になれるとはね~!」
「……」
そう、俺にとって大変不満なことは颯太云々だけではなくこちらにもある。亜里沙と家族になってしまったことである。智と亜里沙はさほど仲良くはなかったはずだが、よく許可がとれたなと思う。もしかすると考えなしに承諾してしまったのかもしれない。
「いやあ、智クンはどうなのか知らないけど、お父さん、一気に子どもたちが巣立つのはどうですか?」
何も手元にないので、離した手を拳にして、マイク代わりに口元に差し出してきた。
「……大変不満です」
それに対し素直に答える。
「え?なんて言ってるか聞こえないな~? このお祝い事だからとってもいいこと言ってくれるんだろうな~?」
その言葉に思わずぎりりと歯を食いしばる。こいつ……追い込んでやがる!
「……まあ、人生の新たな一歩ということでいいのではないでしょうか」
「は~い! 拍手~!」
まともなことを言ってやると、亜里沙は大袈裟にそう反応してみせた。うるさい。
「何話してるの~?」
とそこに、タイミングを計ったかのように由利が現れる。
「ん~? 仁くんと家族について話してただけ~!」
亜里沙はそう言いながら片目を閉じる。疑われた前科があるので、明らかに何でもないということを示しておかなくてはならないということだろう。
「僕たちが家族になるね~って話!」
「……ふうん」
それでもまだ不満そうな由利はしかし、俺の腕に腕を絡ませることで満足したようだ。おい、これ、親子のボディタッチじゃないだろ……!その叫びを聞いているんだか聞いていないんだか、由利は俺に微笑みかける。
「私は、亜里沙と家族になれて、とっても嬉しいって思ってるよ」
俺は鼓動が止まらない。絡む腕の力が強く、鼓動が伝わらないか心配だった。
「私もよ~!」
亜里沙は由利に抱き着いてきた。由利は俺の腕を離さないまま片胸で亜里沙を受け止める。
「……何してんだ?」
とそこに現れたのは智であった。久しぶりに顔を見たと思った。
「家族になったね~っていうハグ」
亜里沙は実に雑に答える。どちらかというと、俺と由利の方を気にしていそうなのだが。
「さて、智クンにもお伺いしましょう!どうですか! 今日の素晴らしい日は!」
亜里沙が抱擁を解いて先ほどの仕草をすると同時に、俺と由利の絡んでいた腕も解けた。先ほどまでは照れ臭かったのに、今度はなんだか寂しい気もした。
「おめでたいですね」
淡々とそう言って見せたが、本当にそう思っているだろうか。智は唯一この中で幸せな結婚式というのをしていないと聞いた。
「ありがとうございましたぁ~!」
亜里沙はそれをわかってか深く聞かず話を変えた。
「というわけで、私たちも結婚式の準備をしましょ」
「そうね」
俺たちは主役ではない。主役の四人を祝うのが俺たちの役目である。
「……騒がしくなるな」
「そうだな」
先を行く二人を見守りながら、俺たちはそう小さく呟いた。