第42話 追跡
一行、および追跡対象である二人はどちらも冊子に基づき行動していた。今はカフェにいる。
「なんか探偵みたいで面白いな」
大希は珍しく楽しくなってきた様子だ。がしかし、こちらとしてはそわそわしてばかりで観光どころではない。由利も同様のようだ。先程から口数が少ない。
「まあ実質観光じゃあないけどさ、またいつでもできるから」
亜里沙が俺の心を読んだかのような発言をする。こいつにはいつもなぜか思っていることがばれる。智の次に面倒くさい人間だ。
『久しぶりだね、こんなふうに出かけること』
咲良が話しかけたようだ。声が固いが。
『あぁ……まぁな』
あいつも同じく声が固い。二人とも緊張しているのだろうか。
『あの日は、これで最後だって思ってたからな』
『今までならね』
会話内容がかなり辛辣になってきた。そっちに行ったらただ険悪になるだけだぞ、と俺は無言の警告を送る。
『ねぇ、悠くんは今どう思ってるの?』
と、そこで咲良はいきなり単刀直入にきた。
『どう、とは?何のことについてだ?』
『私のこと』
意外とそういうのは強引に行くんだなぁと親ながら思った。しかし、確かにそれは重要な質問ではあった。
『そうだな……』
なかなかすぐに答えあぐねるそいつに、すぐに答えろよと言いたくなる。前話したような、フランクな回答は咲良にはできないのか。
『俺は、由利さんの言う通りずっと今まで人を依存させて落とすことを考えてきた。だから今は、その気持ちを無くそうとしてからは、自分でも自分がわからないんだ』
悩んだ挙句の答えがこれである。一体こいつは何のためにこう答えたんだ。
『つまりは、もとから好きじゃなかったってこと?』
図星をついたような質問だが、そう咲良が聞きたくなるのは仕方ないことだ。俺だって聞きたい。
『そう……かもしれないな』
そしてそいつは素直にそう答える。自分を弁護する気はないらしい。咲良も苦笑いだろう。
『だけど、何だろうな……正直、好きでなくても営みはできる。けど、今はそりゃ妊娠してるからとか言うのもあるかもしれないけど、なんかそういう行為をするのが怖いというか、なんというか……』
途中からお前はなにを言ってるんだと俺は思わず突っ込みたくなる。確かに俺だってそんなことを考えずに生きているわけではないことは認めよう。しかし、それを今話すべきか考えるべきだ。咲良がそれを真剣に聞いているのが何とも言えない。
『今は、お前を傷つけるのが怖いんだ』
「ふぅん」
とそこで、亜里沙がニヤリと笑って言った。
「この子、少しは反省できてるんじゃないの」
確かに、傷つけてもなにも思わなかった人間が、かつて傷つけた人間を傷つけたくまいと思うのは反省といえよう。しかし、それは自分などの家族が関係しているのではないか、もしくは母親と同じことは二度とするまいという反省ではないかと思ってしまう。
まぁつまりは、あまりそこから愛という愛が感じられないのであるが、そこは人それぞれ感じ方が違うのかもしれない。
『……そっか』
咲良はしばらく考え込んでから、そう答えた。
『私も、正直わかんない。けど、私にとって今一番大事なのは、この子だから』
咲良はまださほど大きくなっていないお腹をさする。とはいっても、島に来てからと比べるとだいぶ大きくなっていて、今は安定期に入っている。
『そうだよな。俺もそう思う』
一度命を捨てろと言ったような人間が本当にそう思ってるのか? なんて聞いてやりたくもなるが、いい加減疑いすぎるのも良くないのかもしれない。くさい演技などではなく、俺の知らないうちに、そういう情が芽生え始めているという可能性もなくはない。俺が知るそいつと、実際のそいつはまた違うのかもしれない。
『俺は、この子だけは必ず俺の手でも育てていこうって思ってる。これは贖罪とかじゃなく、俺の意志だ』
「お、こりゃプロポーズですかな?」
亜里沙が惚けるような口ぶりで言う。先程から実況のようなことばかり言っていてうるさい。口を塞ぎたくなるが、今はできない。
『お前が望めばだけど、……いいかな?』
しかし、かなり踏み込んだところまで行ったものだ。俺は先程とは打って変わって感心してしまう。それがプラスの意味かマイナスの意味かは言わないが。
『家族はわからない。だけど私は、あなたの力が必要だよ、悠くん。だってあなたは、この子の父親なんだから』
咲良の顔は遠目だが笑って見えた。咲良は両手でそいつの手を包み込む。
『だから、そう思ってもらえてすごい嬉しい。ありがとう』
「あ、そろそろ次のスケジュールじゃん」
とまたそこで亜里沙の慌てた声が入る。ちょっと今は黙ってくれと思う。まるでドラマを遮られた気分だ。がしかし、確かにこれからどうするつもりなのだろうか。
「どうしようね、連絡するか……」
由利もその会話に参加する。時計を見て、冊子と見比べている。時間としてはまだまだ間に合う時間である。
『こちらこそ、そんなことを言ってもらえて妙な気分だよ』
『ふふ、ちゃんとその分見せてくれたら嬉しいな』
先程と打って変わってややラブラブな様子の二人。これを邪魔する趣味はないのだが……。
「次のスケジュールは、みんなで行きたいんだ。ちゃんとした観光地だし、こうやって二人ある程度進展したことだし。なんと言っても約束してるし」
亜里沙の言う事情というのも無視できない。
「まぁ、追跡しながらでもいいんだけど、もうある程度わかったよね?」
亜里沙の言葉に三人共すぐに答えられない。
「まぁ、わからないことは……ないけど……このままデートさせるのも……ありかなとも思うのよね」
由利がおずおずとそう答えたが、それも小さな声だった。
「んー、これ以上もいいけど、私的にはそれは二人きりでやるべきだとも思うんだ」
亜里沙はその声を聞きながらも意見を通そうとする。なら聞くなよ、とは思わなくもないが、一応皆の承諾を得たいのだろう。
と、話し合っている時二人は立ち上がった。
『そろそろ時間だね』
『あぁ、皆さん何してるんだろう』
話の論点としても今から二人で行動するより、皆で行動する方に移っていた。
「……まぁ? ほら、無理はいけないっていうし?」
亜里沙はここぞとばかりに言う。
「まぁ、そうだな」
静観していた大希がそこで同意する。
「それなら仕方ないね」
由利も折れた。
「…………」
そしてなぜか俺に注目が集まる。
「いや、僕もそれでいいよ」
仁がそう言ってくれ、無事その場が済んだのだった。
そしてその時、皆は見た。
ふらついた咲良を、すかさず支えるそいつの姿を。
「おーい!」
亜里沙が二人に呼びかける。二人は先程と違い、密着していた。先程のふらつきが関係あるのかもしれないが、それがよりカップル感を増していた。
「あ! 皆さーん!」
いつもみたいに犬のように喜び勇んで手を振るそいつだが、腕は咲良から離さない。空いた片腕で手を振っている。
「ラブラブですなぁ」
そこに亜里沙が余計なことを言う。それに二人は照れながらも離れない。
「さっき、ふらついたから支えてもらってるの」
咲良は幸せそうに笑いそう言った。
「ふーん」
俺は意味ありげな視線をそいつに向ける。そいつは照れ臭そうに笑った。
「もぅ、変な目で見ないでくださいよー!」
気味が悪いが、これはそいつの俺に関する通常運転である。
「さぁて、行きますか」
亜里沙の先導のもと、一行は同じ方向へ進み始めた。
「ところでお前はまだなの?」
観光地を行き交うカップルを見ながら大希にこそっと話しかけると、大希は怖い顔をした。
「なんだよ、こんなことがあって聞くか?」
そうは言いながらも、はっきり答えない辺りいるのではないかと思わなくもない。
「……わかった、今度また会わせてあげるよ」
いつもの心を読まれたような大希の答えに、今度は密かに喜んだ。
「まぁ、父さんが知ったらきっと驚くだろうがな」
意味深な言葉を残す、大希の心中など知ることもなくー。




