第40話 置き土産
懐かしい島が見えてきた。
島に帰るのに、これから住む場所というのが島ではないのが少し違和感はあった。今まで何年も、何十年も住んできたこの島を離れる日がこんなにも早く来ることに戸惑いもあった。けど、新しい生活も悪くはないのだった。智に邪魔されず、いや、少し邪魔者もいなくはないが、幸せな生活を送れるのだから。
『寂しい?』
そんなことを考えていると突然、仁が話しかけてくる。
『まあ、知り合いもいるしな……そういうお前だって、島を離れるのは寂しいだろうが』
そう言い返してやると、仁は戸惑った様子ながらも認めた。
『まあね。でも、僕は向こうで父さんやみんなが楽しそうなのを見てたから、あの生活も悪くないなって思ったんだ』
『そうか』
またいつもの他人優先主義か?と思っていると、さらに仁は続けて言う。
『それに、母さんがすごい楽しそうでさ。それが一番印象的だった』
『……』
俺はそれに対し、何とも言えなくなった。異様なほどの由利の笑顔と、あれから一度も来なかった智のことを思い出したからだ。
『……なあ、そういえばだけどお前、緋夏のことはいいのか』
『……緋夏がどうだって言うんだよ』
話を変えると、仁は途端に失速した。しかし、考えてなくはないだろう。
『遠距離になるのに、不安はないのか?』
改めて釘を挿す。わかりきっているだろうが、なんとなくだ。
『そりゃ、ないとは言わないよ。だいぶ前の父さんと同じさ』
何気なく昔の話を掘り出す仁だが、そうでもしないと明るく言えないのだろう。
『告白してやればいいじゃないか、どうせもうすぐ緋夏も島を出るけどな』
緋夏が大学進学できるよう勉強しているのは知っていた。緋夏を見たというより、時々来る妹からのメールでそれを知るのだが。
『ううっ……そうだよなあ……』
わかっていながらも不安そうな仁。俺にとっては結果はわかったも同然なのだが、本人にはまだ不安があるらしい。
『ほら、海に飛び込むような気持ちで頑張ってみろよ』
『ジョークのつもりなら笑えないよ……』
励ましの言葉も、どうやら逆効果だったらしい。ジョークと言われると……まあ、そう考えられなくもないか。
『わかった。頑張ってみる』
しかし、覚悟は決まったらしい。よし、それでこそだ。俺は全力で応援する姿勢に回った。まあ元から応援してはいたのだが、改めて、といった感じだ。
『わ~、そわそわするなあ~』
一学期限りの転校を発表して、テストが終わって、終業式のあとのこと。仁は呼び出した緋夏のことを待ち受けていた。呼び出しは、靴箱の中に入れた手紙でした。場所は、人気のない場所だ。
『しかし、よりによって終業式のあととはな……』
終業式の後、島を離れる仁には様々な声がかけられた。また帰って来いよ、またすぐに遊びに行くからな、などといった言葉だ。今回、あくまでも仁は家族の都合で転校することになっている。智が残ることはあとでバレるだろうし、そこからどういった推測が生まれるかはわからない。だがしかし、今はただただ転校寂しいぞ~といった雰囲気だった。
『大丈夫だ、落ち着いてけ』
そういうふうに落ち着かせようと奮闘していると、緋夏が現れた。仁の鼓動が跳ね上がる。まだ緊張は解けていなかったようだ。
「ねえ、話って何なの、仁」
緋夏はゆっくりとした足取りで近づいてくる。とそこで、緋夏の目が涙に濡れていることに気づく。先ほど見たはずの緋夏は目すら腫らしていなかったはずなので、こっそり泣いていたのだろうか。そのあとに仁の手紙を見つけたというところだろう。それを見た仁の鼓動がさらに跳ね上がる。これは焦りによるものだろう。
「ごめんね。突然、島を出ることになって」
泣いているのがそういうことなのかと思った仁は、先に謝ることにしたようだ。
「ううん。それは仕方ないもの。詳しくはお母さんからも聞いてるし」
「そっか」
少し安堵した様子の仁だが、まだメインは終わっていない。
「……僕、島を出る前に緋夏ちゃんに言っておかなくてはいけないことがあって」
ゆっくりと、覚悟を決めて、言葉を口に出す。
あの時もそうだったな、と自分の告白を思い出す。
緋夏が真剣な目で見守る中、仁はどもりながらも口を開く。
「僕、緋夏ちゃんのことがずっと好きだったんだ。断られるのが怖くてずっと言えなかったんだけど、その……もうすぐ地理的には離れてしまうから、離れている間に緋夏ちゃんが他の人と付き合ったらって怖くて、チャンスを逃したら嫌だから。だから今、伝えていいかな。もしよければ、彼女になってほしいってこと、もし、よければ」
そして、必死の思いで告白したのだった。頭を下げ、手だけを差し出して、握手を求めた。
もちろん俺にも地面しか見えず、緋夏がどんな顔をしているかはわからなかった。
「ありがとう。嬉しい」
その言葉が真上から聞こえて、そして、手が握られた。
顔を上げると、涙をぼろぼろ流した緋夏がいた。緋夏は、顔を上げた仁を抱きしめた。
「私も、ずっと仁のことが好きで、付き合いたいって思ってた」
顔の皮膚に涙の感触が伝わる。仁も泣いているらしい。
「だから、仁が島を出るって聞いたとき、向こうで誰かと付き合うんじゃないかって怖くなったんだ。だから、泣いちゃった」
待ち合わせ早々の涙はそういうわけだったらしい。
「でも今は、嬉し涙」
緋夏の涙は、仁の胸元を濡らす。
「私からもお願い。付き合おう。そして、島を出ても、ずっと愛していてほしいです」
「……もちろんだよ!」
そう言った仁は、抱擁を少し解いて、また抱きしめた。
しばらく、ずっとそうしていた。しかし、その時から俺は変な予感がしていた。
「……ねえ、仁、キス、していいかな」
思い切って緋夏がそう言った時、
「うん……」
仁が顔を緋夏に近づけた時。
「わ」
緋夏でも、仁でも、ましてもや俺でもない声がした。その声に振り向くと、何人かがそこで覗き見ているのが見えた。
「ちょっと! ばれちゃったじゃん!」
緋夏の友達らしき女子が、そう叫ぶ。
「あ~あ、ばれちゃったよ」
仁の親友のがあきれたような声を出す。いわんこっちゃない、あの昔からの腐れ縁のあいつだ。
「……ぷっ」
最初に吹き出したのはどちらなのかわからない。向き合った二人は思わず吹き出していた。
俺はなんとなく居心地が悪い気がして、何とも言えなくなった。それがばれたからなのかはわからない。
「おめでとう!!」
心からの称賛を背中に受け、晴れて二人はカップルとなったのだった。
「なあ、大希はまだなのか?」
島を出る船の中で、俺は引っ越し手伝いで来ていた大希に尋ねる。ちょうど、先日の告白の話をしていたところだからどういう意味かは分かるだろう。
「な……放っておいてくれよ」
答えはわからない。だが、いつか大希にもそういう人が現れたらいいのにと思う。もちろん、とっておきのいい人が。
法定速度ぎりぎりの船からは、ようやく大陸が見え始めていた。
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