第29話 道
話を聞いた智は、ふむ、と頷く。
「島を守るため、島に残りたいが、あいつは反対するとな……あいつは島を守るとしても大学に行けと言うと……」
酔っていたあいつにしてはきっちり聞いている。本当に酔っているのだろうか。
「俺もそいつに賛成だ。俺も島を出るべきだと思う」
その言葉を、智なら言ってくれると思った。俺はほっとする。
さらに智は昔の自分のことを話し始めた。ここぞとばかりに俺も耳を傾ける。なんやかんや言って、智が大学に行くことになった経緯はよく知らないのだ。
「俺は大学に行くために島を出た。俺の世代ではかなり少数派だと思うよ。特段裕福な家庭は少なかったし、生活に必ずしも必要ではないと言われてきたからな。
俺だってめちゃくちゃお金に余裕があったわけじゃない。母子家庭だったからな。だけど、俺は外の世界を知りたいと思ったから出たんだ。
もちろん、島のことは嫌いじゃない。むしろ好きだったよ。だけど、いったん離れてみたいと思ったんだ。島だけを知るよりも、他のところに行って、比べて、それでも島に住みたいなら住めばいいが……ってね」
いったん離れたいと願ったのは、俺たちのことがあったからだろうか。なぜか気になってしまう。
「結果的にそれは正解だったよ。向こうは島にないものがいっぱいある。いいことも、悪いことも。そしてそれが自分にもある程度合っていた。だから一度は向こうに住み着こうとしたさ。……やめたのはそれでも島にいる母さんのことを忘れられなくて、放っておけなかったからだ」
智は自身の母についても母さんと呼ぶ。この母さんはどっちの母さんだろうか。自身の母か、もしくは……。
「お前も島には守りたいものがあるから、島に残ろうとしてるんだろうが、島にいるだけではわからないことがあるぞ。経営だとか、ビジネスだとか。そういうのは向こうに行かないとわからない。島にあって、向こうにないのが何なのか。向こうが島に求めるものは何なのか。もし島に関わる仕事をしたいなら、そういうことは知っておいた方がいいと思うぞ。俺は間違いなく今の仕事でそれが役に立ってる。大学で学んだものと、向こうで住んで学んだことと、どっちもだ。まるで留学みたいだな」
そう言うと、智はこちらを向いてにかっと笑った。
「それにな、仁。お前の中にいる父さんはお金がなくて進学をあきらめてんだ。もしお前が父さんのことを考えて島に残ろうとするなら大間違いだ。お前が進学することで、昔の父さんの夢をかなえてやれるんじゃないか?」
思わぬ話の展開に俺は動揺する。確かに向こうに仁が進学することによって、俺の叶わなかった夢は実現される。確かにそうだ。そうだが……その気持ちで俺は言ったわけではなかった。
「そうか……そうだよな」
そこで納得し始める仁に俺は違和感を抱く。
『おい、まさかお前……』
『父さん、言ったじゃないか、僕は僕と父さんと母さんにとって最善の選択をしたいって』
仁の口調は強いものだ。それだけ、決意は固まってきているのだろう。自身のためだけでなくて俺のため。とても仁らしいが、俺にとっては複雑だった。だがまあ、結果的に進学の道を検討してくれたなら、仁のためになるだろう。
「僕、向こうに進学してみる」
仁の意思で、口はそのように動く。
「お、いいじゃないか」
俺だけではできなかった説得を成し遂げたからか智はしてやったりといった顔をしている。
「どういう理由であっても、挑戦は大事だと思うぞ。ただし、それまでに必ず十分な準備をしなればならないがな。お金については任せろ。貯金は十分にある」
そう言って智は家の中に入っていく。仁が中に入ると智の手には一冊の通帳がある。すごい見覚えのある通帳だ。なぜなら……。
「知ってるだろ?お前の中の父さんをはじめとして、母さん、そして俺もずっと貯金していたことを」
お金の余裕がなかった昔から、少しずつお金を貯めていたのだ。父さんと違って酒を呑まないタイプの人間だった俺は、それほど自分の金がうんぬんということは問題にならなかった。趣味や物欲もなかったし、家族すらいればどうでもいいと思っていた。
俺の時代にはそれでも雀の涙ほどのお金しか入れてやれなかった。智が入れてくれてるのも知っていた。しかし、その額は思った以上に膨れ上がっていた。
「お前のおばあちゃんたちも少しずつだが貯金に協力してくれてな。これでもまだ大希が卒業して咲良が卒業してもまだお前の進学の余裕がある」
つまりは、家族のほとんどから応援されているということだ。皆が子供たちの進学を望み、自分のためにも使えるお金を貯金してくれた。
「……ありがとう」
その言葉に智は少し気まずそうに笑ってから、いいってことよと返す。




