第28話 説得
心で叫んだ言葉は、彼にどう響いただろうか。
わからない、俺は一方的に心を読ませ、向こうの気持ちなど一つも読んでいないからだ。
『……父さん』
でも、その声が震えているのはわかる。
『父さんは、変わったんだね。僕はずっと変わってないと思ってた』
やはり俺のことを考えていたのか、わかっていたけど、改めて罪悪感がつのる。
『僕が10歳のころのことを覚えてないなんて言ったけど、そんなわけないじゃないか。父さんこそ、忘れてるんじゃないか』
何を言う……そう思ったが俺は何も言わないで聞くことにする。
『父さんさ、少しだけ母さんと離れるだけで悲しんでたんだぜ。漁師の仕事で何度も離れたことがあるはずなのに。僕が楽しもうとしたって父さんの感情が悲しみに向かってちゃあ楽しめないって僕は思ったんだ。だから無理やりにでもはっちゃけてやった』
そういえばそういうこともあった。あの時はまだ、メールであいつと繋がっていない時。あいつと元通り話せるなんて奇跡なんて起きるはずもないから、あいつの存在に心を頼らせていた。
たとえ、俺の存在をあいつが知らなくとも。
『その時の父さんが自分の中に残っていたから、父さんの気持ちを久しぶりに聞いて、僕は驚いた。父さんは我慢してるってずっと思ってたんだ。僕の人生のために、父さんとしての人生を歩むことを。だから、父さんと僕……そして母さんが幸せになれる最善解を探してた。だから決して父さんと母さんのためだけじゃないんだ』
彼はそう言って、とある一枚の紙を取り出した。そこにはグラフが書かれている。このグラフは……。
『これは最近の島の人口推移だよ。多分父さんが寝ている間にもらったから知らないだろうけど』
知らない間に島のことについて調べていたらしい。俺は驚く。
『ここ最近、大学進学率が上昇してきて、島の若者が流出する傾向にあるんだ。それとともに島の人口が低下し始めている。それがいいことか、悪いことかは一概に言えない。それぞれの人生があるからね。その中で僕は何もできないまま、島を出ていくのが嫌だった。父さんと母さんが生まれた島が消えてしまうって考えたら、胸が押しつぶされた』
知らない間に、彼はこんなに深くまで考えていたことにも。
『だから、僕としても島に残りたいって考えた。島に残ることで、島を守れるのなら』
彼の言うことは最もだ。しかし、彼にはどうしても島に残らなければならないのだという強い意志しか見えないのだった。
そのために学ぶだとか、そういう幅広い範囲で考えているのではなく、根本としてはやはり、俺たちのことを考えているのではないかと思える。
『じゃあ、お前のお父さんと話してみればいいさ』
『……え?』
俺の言葉に仁は戸惑っている。そりゃそうだ。突然智の存在が出てきたのだから。
『お前のお父さんはあいつだろう?話なら喜んで聞いてくれるよ』
喜ぶどころかむしろ、少し気持ち悪い笑いをするかもしれない。
『でも……』
二人の話に触れることを避けたいのか、嫌がった様子である。
『無理にとは言わないが、あいつは大学に行った数少ない出戻り勢だ。島から出ずに島を守るのもありだが、島をいったん出て、知識を得て戻ってきて島を守るという考え方もあるんだぞ』
智は向こうで働いていたが、結婚してからは島にある会社で働いている。残業は多いが、島を守ることに直結しているそうで、やりがいがあると言っていた気がする。もしかすると仁が歩むかもしれない人生を、智は歩んでいる。
『……うん』
仁は立ちあがる。勿論、自分の意思で。
そしてリビングにいる智のもとに向かった。
智は一人酒を飲みながらテレビを見ていた。由利は自室だろうか、姿が見えない。
「お父さん」
そう言うと、智はこちらを振り向く。
「なんだ?まさか酒に付き合ってくれるのか?」
顔が紅潮している。その中ににへらにへらいつもの笑みが浮かべられている。もしかして酔っぱらっているのだろうか。お酒をこちらに持ってくる。お酒は結構な量あけられていた。そういえば最近、智の腹はすこし出始めている。そういう年になってきたのだ。
「お父さん、まだ僕高校生だよ」
未成年の飲酒は成長に障ると学校の保健で教えられているはずだ。それに俺としても、酒に悪い思い出がある。とびっきり、悪い思い出が。それこそ、人生を変えてしまうような。
「そっか、そうだったな」
酒を素直に引き上げた智はしかし、こちらを見ている。
「なら、人生相談をもう一人の誰かさんにでも託されたか?」
「……うん」
酔っぱらったように見えた智はしかし、判断は確かだった。
「そうか~、仁もそんな年かあ」
相変わらずのにへらにへらした笑みでそう言いながらもきちんと聞く体制になった智は、少し酔いを醒ますためベランダの外に出た。こいつの笑みは変態のそれではなく、ただ嬉しさを表しすぎた笑みなんだよなあといつも思う。とはいっても貼り付けた笑みではあるのだが。仁はそれに付いて行って、話をし始めた。




